下町退魔師の日常
「いいですかマツコさん、先ずはこのゼイゴっていうトゲトゲをこうやって取り除いて」


 う~・・・。
 包丁、もしかしたらあたしの指まで切れたりしない?


「危ないですよ、そんなトコに手を置いたら」


 タカシくんも、あたしが包丁を動かす度に冷や冷やしてるし。
 シゲさんも緊張しながらガン見してるもんだから、あたしまで手が震えちゃって・・・。


「うわ、何でそんなとこ切るんですか! 食べる部分が無くなっちゃいますよ!」
「だっ・・・だってぇ・・・」


 それでも何とか、三枚にはおろせた。
 あたし達はそれを、三人ガン首揃えて見つめて。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ま、まぁ、タタキにするっていう手もありますから・・・」


 ありがとタカシくん。
 目一杯フォローしてくれてるのよね。
 アジさん、せっかく美味しく食べてもらう為に釣られてくれたのに・・・ごめんなさい。


「でも、久遠さんって魚、さばけないんですか?」


 タカシくんはあたしが失敗したアジの身を、最大限に食べられるように骨から削ぎ落としながら聞いた。


「さばいてるのをまだ見た事ないけど・・・久遠くんなら普通に出来そうよね」
「絶対に出来ますよ。この出刃包丁、手入れが行き届いてる」


 そう言って、タカシくんは包丁をまじまじと見つめている。


「料理が出来る旦那で手ぇ打つってのも、一つの案だなぁ」
「なっ・・・何言ってるのよシゲさん」


 ポツリと呟いたシゲさんを、慌てて咎める。


「そうですよマツコさん、いっそ料理は諦めてもいいんじゃないですか?」
「なんでよ?」
「久遠さんって凄い料理上手だって、町中で評判ですから」


 あー・・・もう。
 タカシくんまで、あたしと久遠くんがどうにかなる前提で話をしてるらしい。
 ていうか。
 もう三ヶ月近くも一緒に暮らしてるんだから・・・みんなからはそんな風に思われても仕方ないよね。
 でも本当に、何もない。
 そりゃあ、おふざけで抱きつかれたり、押し倒されたりっていうのは・・・あったけど・・・。


「・・・・・・」
「マツコさん、顔が赤いですよ」


 タカシくんに言われて、あたしは慌てて両手で頬を隠す。
 すかさずシゲさんが、子供みたいなイタズラっぽい表情を浮かべて。


「なんだおめぇ、いい歳して照れてんのかぁ?」
「ちっ・・・ちが」


 ヤバい。
 平静を装えない。
 タカシくんは笑いっぱなしだし。
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