下町退魔師の日常
 確かに、あたしは久遠くんのこと、とても気になっているけど。
 でもそれは、好きとか付き合いたいとか、そういう恋心とは違う気がする。
 何だか、久遠くんって・・・この町の外に出たら、一人ぼっちになっちゃうんじゃないかって。
 そう、思うんだ。
 そりゃあ、生活していく為には何処かで仕事もしなくちゃならないだろうし・・・そしたら嫌でも他の人と関わらなくちゃならないけれど。
 でもそれは、家族とか、心を許せる友達とは違う。


“ここ10年で、魔物が出たのは12回”
“俺が、血が見たいって衝動に駆られた回数と一緒だ”


 そんな久遠くんの言葉が、頭の中に浮かぶ。
 久遠くんは、今まで何処で何をして生きてきたんだろう。
 血が見たい衝動に駆られた時、どうしていたんだろう。
 ただひたすら、一人でじっと耐えてきたんだろうか。
 あたしは、右肩に左手を添えた。
 前回の戦いの時にも、久遠くんは衝動に駆られていた。
 でも・・・。


“マツコは違う”


 そう言っていた。
 久遠くんにとってあたしは・・・守るべき存在だからなのかな。
 今現在の短刀の持ち主である、あたしを。
 だから、鬼姫を守ろうとして短刀を託した侍の血を引く久遠くんは、無意識にあたしを守ろうとしている。
 それだけ・・・なのかなぁ・・・。


「どうしたマツコ、傷が痛むのか?」


 黙りこくったあたしを、シゲさんが心配そうに見つめている。
 あたしは、慌てて首を振った。


「ううん、大丈夫だよ」
「ならいいんだがなぁ。おいタカシ、おめぇ、時間大丈夫なのか?」


 タカシくんは腕時計に目をやり、笑って立ち上がる。


「そうですね、お風呂入って来ます。早く行くつもりが、いつもの時間になっちゃった」
「あ、ごめんねタカシくん、引き止めちゃって・・・お風呂上がったら牛乳持って行って?」
「ありがとうございます」


 タカシくんはそう言って、脱衣所に姿を消した。
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