下町退魔師の日常
「マツコ、ぶっちゃけおめぇ、久遠とどうなんだ?」
「だぁから、何もないから」
「三ヶ月も同じ屋根の下で暮らしててか?」
「・・・なんか古いよ、その言い回し」


 何を期待してるか分かんないんだけど。
 あたしが嘘をついている訳じゃないのが理解出来たのか、シゲさんは苦笑して。


「あいつはなぁ、いい子だよ。今時珍しい、素直で真っ直ぐな奴だ。俺には分かる」
「うん」


 あたしも、シゲさんの言う通りだと思う。
 久遠くんは決して、悪い人じゃない。
 そりゃあ、あたしは久遠くんを理解してるかって言ったら、まだまだ分かんないとこだらけだけど。
 それでもいい。
 これからゆっくりと時間を掛けて、分かっていけばいい。
 あたしはこの町で暮らしてて、寂しいと思った事なんて一度もない。
 町の人達がいてくれたから。
 だから久遠くんにも、寂しい思いはして欲しくないんだ。
 まぁ最近は・・・町の人達とは少しだけギクシャクしてるけれど。
 シゲさんみたいに、みんなきっと分かってくれる。
 時間をかければきっと、お互いにちゃんと理解し合える。
 そしてあたしも――。
 その時、松の湯の電話が鳴った。
 あたしは立ち上がると、受話器を持ち上げる。


「はいもしもし、松の湯です」


 と、言い終わらないうちに受話器の向こうから、金切り声が聞こえてきた。


『もしもしまっちゃん!?』


 さっき、商店街の方に歩いて行ったマダムだった。


「うん、どうしたのそんなに慌てて?」
『すぐ来てよ、久遠くんが・・・!!』


 受話器の向こうが騒がしい。
 人々のざわめき。
 “久遠くんが”。
 あたしはそれだけで、何が起きたのか分かる気がした。


「シゲさん、店お願い!」


 受話器を叩き付けてエプロンをはぎ取ると、あたしはダッシュで商店街に向かう。
 久遠くんが。
 まさか、久遠くん――!!
 全速力で商店街に辿り着くと、ひとだかりが見えた。
 あたしはそれを掻き分けて、前に進む。


「久遠くん!!」


 人混みで狭い視界が開けた時。
 久遠くんと幹久が、揉み合っているのが見えた。
 久遠くんの手には小さな――カッターナイフ。
 幹久は何とか久遠くんの動きを止めようとしているんだけど、その腕の何カ所か切れているらしく、うっすらと血が滲んでいた。
 それを見て、あたしの顔から血の気が引いた。
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