下町退魔師の日常
「あぁまっちゃん! 何とかしておくれよ、あたしが荷造りしてたら、久遠くんがいきなりカッターナイフを取り上げて・・・!」


 あたしに声を掛けてきたのは、幹久のお母さんだった。
 その後ろで、幹久の奥さん――詩織ちゃんが、不安そうに二人の取っ組み合いを見つめている。
 ごめんね、ごめん。
 あなたの旦那さん、怪我させちゃって・・・。


「久遠くん!!」


 あたしは二人に近づく。
 久遠くんはまるであたしに気付いていないかのように、幹久だけを狙っていた。
 それも、嬉しそうに。
 何ヶ所も腕を切られて流血している幹久。
 ううん、それだけじゃない、頬も額も切られている。


「危ないから下がれ、マツコ!」


 久遠くんの右手を掴んで、何とかカッターナイフを取り上げようとしながら幹久は叫ぶ。
 それでもあたしは、二人の間に割って入った。


「久遠くん、あたしよ!」


 はっきりとその視界に入っている筈なのに、久遠くんはまるであたしを見ていない。
 あたしは幹久に加勢して、何とか久遠くんの手からナイフを取り上げようとする。
 でも、二人がかりでも、久遠くんはナイフを離さない。


「幹久、大丈夫だから離れて」


 目一杯腕に力を入れながら、あたしは後ろの幹久に言った。


「何言ってんだ」


 幹久は、久遠くんを睨み付ける。


「こいつは・・・久遠じゃねえよ」


 一瞬、あたしの動きが止まった。
 その隙に、久遠くんが思いっきり右手を振りかざす。
 あたしと幹久は、二人して道路に倒れ込んだ。
 その場に立ち尽くす久遠くん。
 この雰囲気――。
 久遠くんが初めてこの町に来た時と同じだ。
 ノリカちゃんをナイフで切り付けようとした、あの目だ。
< 97 / 163 >

この作品をシェア

pagetop