下町退魔師の日常
「大丈夫か、マツコ」


 幹久に支えられて、あたしは立ち上がる。
 久遠くんは、ぐるりと周りを見渡した。
 遠巻きに見ていた町の人達は、びくりとして一歩下がる。
 ――・・・違うんだよ。
 あたしは、みんなを見つめてそう言おうとしたけど・・・言えなかった。
 みんなの顔を見たら。
 軽蔑する人、怖がる人、睨み付ける人。
 みんな一様に、久遠くんを否定しているのが、その表情で分かった。


「・・・幹久、このまま帰って手当てした方がいいよ・・・あたしが、久遠くん連れて帰るから」


 小さな声しか出なかった。
 抑揚のない、単調な声音。
 今、少しでも感情を動かしたら――大好きな町のみんなを、怒鳴りつけてしまいそうだったから。
 あんた達は、久遠くんの事を何も分かっていない、って。
 だけど幹久は、心配そうに。


「何言ってんだ、久遠は正気じゃねえんだぞ?」
「大丈夫よ。久遠くんは幹久を狙ってる。だから、標的は消えた方があたしも動きやすいし、正気じゃなくなる理由もちゃんと分かってる」


 感情を必死で押さえ込んでいるあたしを見て、幹久は眉を潜めた。


「理由があるんだな。だよな・・じゃなきゃ、アイツがこんな事する訳がねぇしな」


 そう言って、幹久は回れ右をした。


「俺も絆創膏貼ったら、お前の所に行くから」


 そう言って幹久は、取り囲んでいる町の人達に、大声で怒鳴る。


「マツコが久遠連れて帰るから、もう心配ねぇよ! さ、野次馬根性はもう終わりにして帰った帰った!」


 そんな声を背中に聞いて、あたしは久遠くんに近付いた。
 久遠くんは立ち尽くしたまま、中空を見つめている。


「・・・帰ろう、一緒に」


 言いながら、あたしは久遠くんの腰に腕を回す。
 その胸に頬を当てたら、久遠くんの鼓動が直に伝わってきた。
 規則正しいその音は何だか心地よくて、あたしは目を閉じる。
 あぁもう、分かった。
 分かったよ。
 胸の奥が何故こんなに、締め付けられているのか。
 町の人達がみんな、一様に久遠くんを否定しても、あたしは。
 あたしだけは、絶対にこの人を1人になんかしない。
 だって、彼は。


「久遠くん・・・」


 あたしは、知っているもの。
 ここにいる誰よりも、久遠くんの事を理解しているもの。
 ーーだから。
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