短編

飢餓、狂気、絶望、憤怒、弟達に取り憑いている悪魔は中々に厄介な奴ばかりで、それでも今は宿主が小さいせいか殆ど悪魔らしいことはできない。
二重人格のようなもの、と雪平は考えているし、弟達にとってもそうだろう。たまにどちらが体を使うか意識の中で争うことがあるそうだが、弟達は大抵デコピンひとつで負けてしまっているらしい。
問題なのが弟達と悪魔が同化し過ぎていて、弟達の性格や体質に悪魔の影響が出ていることだった。

アダムは空腹を訴えることが多く、ニコラスは頭痛に泣いたり不安定になることが多く、ユーリは時々人形のように虚ろになり、リリーは感情をおさえられずに怒りだすことが多い。
かといって悪魔と無理に引き離してしまえば弟達がどうなるかわからない。
雪平は弟達と悪魔の共存を目指していた。
優しい悪魔達とならきっとできると信じて。
できることはそう信じることと、誰よりも彼等を愛してあげることだけだけれど。



「ゆきちゃん」

ユーリがもみじのように小さい手で雪平の服の裾を掴んでいた。
雪平が人差し指を差し出すときゅっと握り締める。

「ゆきちゃん、あのね、あの、ゆきちゃん」

上手く言いたいことを喋れないのか、もごもごと口元を動かしている。
それもとっても可愛いくて、急かさずに雪平はじっと待ってあげる。きっと小さな〝お願い〟をしたいのだろう。
ユーリにはそれは難しいことだから。

「なあに、ユーリ」

良いよ、聞いてあげるよ。
言いたいこといっていいよ。
叶えられることは何でもしてあげるよ。
できることは少ないけど。

「ユーリ、は、だっこ」

言い終わると俯いてしまったユーリが愛おしくて、雪平は彼を抱き抱えてやった。幼い子供にしては表情に乏しく、言葉もあまり使いたがらないユーリの精一杯のお願いだ。
いつの間にかアダムもリリーも喧嘩をやめて、ユーリを羨ましそうに見上げている。

「さあ、握手は誰かな?」

片手でユーリを抱き、空いた手を弟達の前でにぎにぎと開いて閉じて見せる。ぱあっと輝いた彼らは3人一緒に雪平の手をとった。

「あたちのー!」

「おれんだぞ!」

「ニ、ニコもっ」

プップクプー。皆が頬を膨らませて言い合いをしている。雪平の取り合いは何時ものことで、こういう時の解決法も決まっている。

「じゃあ順番こ」

そう言うとそっとリリーとニコラスが手を離した。
今日はどうやらアダムからのようだ。
たまにこうして弟達は話し合いもしていないのに意思疎通してみせるので不思議だった。
不思議はほかにもたくさんあるのでいちいち気にしてはないが。

「じゅんばんっこ」

えへへと笑ったアダムの手をひいてあげながら、ようやく目的のお店に向かうことにした。
リリーとニコラスはつまらなさそうに一歩先を歩いている。
へたれた眉は可哀想だが、お店についたらすぐに喜ぶだろう。何せ今日の目的は誕生日ケーキの受け取りなのだから。

この町最大にして唯一の総合ショッピングセンターの、1階スーパーマーケット前にそのスイーツ店はある。
名前を告げると女性店員が2つの箱を渡してくれた。
中身は弟達が持って多少斜めになっても大丈夫なようにカップケーキが入っている。
何気なく弟達と受け取りにいくと電話で話したので、子供でも持てるように小さい箱2つに分けてくれたようだ。
店員さんに感謝しながら箱を1つずつリリーとニコラスに渡した。

「いいかい、これは大事な大事なお仕事だよ!中には皆の誕生日ケーキが入っているの!だから揺らしたり落としたりしないように持っていて欲しいな」

できるね?と微笑むとリリーとニコラスは返事のかわりに大事そうに両手で箱を抱え込んだ。

「お、おれももつー!」

アダムがバタバタと繋いだ手を振り出した。
ケーキと聞いて黙っていられなかったのだろう。
だけど申し訳ないがアダムにケーキを持たせるのはまだ早い。
2つ隣の雑貨屋さんで頼んでいたものをアダムには持たせる予定だ。

「アダムはキャンディのお店で持ってもらいたのがあるの。一番力持ちのアダムにしかできないんだ」

繋いだ手をはなして、かがみ込む。
雪平の目を真っ直ぐに見つめるヘイゼルグリーンは期待にこたえようと熱く燃えていた。

「まって!まっててね!おりぇ!1人でいってくる!」

予測不能行動をとる弟達のために事前にお金は払っているし、お店にも話しはしてある。
興奮のあまりに言葉が拙くなってしまっているが、きっときちんと持ってくるだろう。
ダッシュで2つ先の雑貨屋さんに突っ込んでいったアダムを、リリーとニコラスのペースに合わせながらゆっくり追いかける。

幸せな初夏の日のことだった。
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