短編

帰りはタクシーを使って帰った。
そう遠くない道のりだが子供にとっては大変だろうし、何より弟達が誕生日ケーキに夢中で帰りたがるものだから。

タクシーの運転手は弟達の顔を見て、それから雪平の顔をみて、何かに納得したようだった。
そりゃあ両親もなく、二十歳になったばかりの青二才が弟達を引き連れて田舎で生活していたなら噂にもなる。それも尾ひれを付けて、悪い方向に。

ここから県を1つまたいだ先で社長夫婦とその息子は豪邸暮らしをしているが、雪平がそこを出てから会ったことは一度もない。
聖書は読めるが教科書は読めない雪平は日本で仕事につけず、今は毎月振り込められる多額の養育費だけで生活している。
この2つから、沢山あるうちの一つの噂では社長夫婦の所から逃げ出してきた恩知らずと言われている。
何も知りはしないくせに。

この運転手も生っ白く頼りない風貌の雪平をみて、雪平のことを社会からのドロップアウトか何かと思ったのだろう。
弟達を連れることで養育費をせしめる、そんな人間だと。

その冷たい視線と、営業用につり上げた口角の不自然さが、雪平の心を凍らせた。
膝の上ではユーリが眠っていて、左右にリリーとニコラスがケーキの箱をしっかり抱いて座っていて、助手席でアダムは流れる景色を楽しんでいる。
この空間で1人気まずい思いをしていることを悟られないように、弟達に笑顔を絶やさず、話しかけた。



5人で住むにしても広い、庭付きの一軒家の前でタクシーは泊まった。
手早く支払いを済ませそそくさと家の中に入る。
弟達が使いやすいように低いテーブルを買っといてよかった。リリーとニコラスがケーキの箱を置き、すぐにフォークをとりにキッチンへ走っていった。転んじゃうよ、と声をかけつつも、自分はユーリをソファーにおろしてアダムと雑貨屋さんでかったものを広げた。
ユニークなお菓子とクラッカー、それから綺麗にラッピングされた小さな箱が4つ。

誕生日なんて祝ったこともないし、詳しくは知らないのだが、日本にきてテレビを見ながら見様見真似で用意したのだ。
アダムが待ちきれないとばかりにユーリを起こし、ダイニングのテーブル前に移動させた。
リリーもニコラスも集まってテーブルを囲む。
皆ケーキの箱の中身が気になってしょうがないらしく、体をゆすったり雪平の顔を何度も見たりせわしない。それでも誰も勝手に箱には触らないでじっと雪平の言葉を待っている。
なんと愛おしいんだろうか。
誕生日というものが祝われる理由がようやく分かった気がした。

産まれてきてくれて、であってくれて、ありがとう。


「アダム、ニコラス、ユーリ、リリー、誕生日おめでとう。愛してる」
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