短編
愛しのローリン

やらかした、そう思った時にはもう遅かった。
振り返れば紳士然とした男はその秀麗な顔を怒りに歪ませていた。

「ほう、どういう事か説明願おう」

この男、ノアはかろうじて紳士の体を守っているらしく、握り締めた拳は振り上げられはしないでいた。
総一朗は諦めながら事の次第を話し出した。






総一朗はそもそも自分の事にはあまり頓着しない質だった。なので兄から自分の嫁入りの話しを聞いた時は〝はあ〟としか思わなかった。
相手が初対面の外国人で、元軍人の男で、自分よりもガタイが良い等、事前に知ろうともしなかったのだ。知った所で逃げ道は既になかっただろうが。
父の愛人の子であり、大変苦労して大人になった兄の裕一郎は、それでも弟を愛してくれたので、総一朗はこの兄に全幅の信頼を寄せていた。兄の言うことなす事全て正しいのだと思うくらいには。
なので男の自分が男の嫁になるという異常事態も、30歳になっても童貞を貫く総一朗が心配だからという兄の言葉でなんとか受け入れた。

「いいかい。お前は目を離せば何をしでかすかわからない。嫁を娶ってこの兄に可愛い甥っ子もしくは姪っ子を見せてくれるという夢は諦めた。だからお前が嫁にいき、この男と過ごしていればきっと幸せで長生きができるだろう」

何を思って相手方は総一朗を嫁にするのかは分からないが、裕一郎が選んだ相手なら間違いはないだろう、そう思い総一朗は荷物をまとめた。
裕一郎を疎ましがる実家から彼が出ていく時、両親が喚く中彼は総一朗の手をひいて出た。まだ幼い総一朗は大人しく裕一郎についていった。総一朗はそれから裕一郎が結婚して家庭をもっても、兄一家に養われながら生きてきた。
明日の朝には迎えがきて、顔もしらない男と新生活が始まる……そのことを思えば憂鬱にならざるを得ないが、今自分が兄一家に寄生している状態よりはマシだった。何せ今は体面が悪い。すごく悪い。

「可愛い弟を嫁にだすのは辛いが兄はいつでも見守っているよ。くれぐれもやんちゃはもうするな」

兄はそういって1つ頬にキスをおとした。
兄嫁もその後ろで涙ぐみながら総一朗の今後を案じてくれている。

「ああ貴方!どうしても総一朗を嫁にだすのね」

「諦めてくれめぐみ、これが総一朗のためになる」

「ひどい人!総一朗、嫌なことがあったらいつでも帰ってきてね!姉はいつでもこの家をあけますよ」

兄嫁のめぐみは総一朗をまるで自分の弟のように、それも幼い弟に対するように、時に叱りつけることもあるが愛情をそそいでくれていた。
それもわかっていたので総一朗は今回のことには一切逆らうまいと決めていた。

「うん、もう行くよ」
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