短編
私だけの人
綿毛のようなぽやぽやした髪。
どこかだらしない笑み。
風に吹き飛ばされそうな細い体。
自分の腕の中でグズグズ泣くこの年上の男が、御主人様。
ふざけるな、というのが最初の感想だった。
亮が狼人間として生を授かったのはついさっき。
きっかけは家に泥棒が押し入ってきたことだ。
一人暮らしでたまたま大学が休校になったばっかりに、鉢合わせたのがはじまりだった。
窓ガラスが割れる音がして(安いオンボロアパートの一階角部屋だった)、慌てて風呂からあがるとそこにはガラスを割るのに使われたと思わしき金槌を手にした、怪しさ全開の目出し帽をかぶった男がいた。
全裸の男と全身をおおった男。何の冗談だこれは。お互いに驚き、片方が泥棒だとようやく理解した時、もう片方は家主が無防備だというチャンスを理解した。
そしてそこで亮が逃げればまだよかったのかもしれない。しかし今外に逃げれば全裸を見られる=社会的死という式が見えたし、怯えて財産を差し出す程優しくもなかった。
そうだ、こいつを倒そう。
正当防衛だよね、という亮の心の声が聞こえたのか、自分に物怖じする所か戦う構えを見せた全裸男に怯えたのか、目出し帽男は自らを守るように金槌を構えた。その手は可哀想なほどに震えていた。
早かったのは亮だった。
2メートル近い全裸の亮が無表情で襲いかかってくる、その姿に目出し帽は恐怖に震えながらも金槌を振り回した。
ゴっという鈍い音が三回聞こえ、目出し帽男はゆっくり倒れた。
三回のうち二回は目出し帽男の顔面と喉へのストレートパンチ。そして一回は、亮の右のこめかみに当たった金槌の音だった。
目出し帽男は気絶して倒れた為に見ることはなかったが、亮の顔面は恐ろしいことになっていた。亮の顔面右上は陥没し目玉が押し潰れ、血の涙が滂沱と流れたのだから。
その時自分の顔がどうなっているか亮には分からなかったが、あまりのことに痛みはなかった。
ただ右側が見えないことと、立っていられない程の目眩と吐き気に襲われた。
そして咄嗟に部屋に放置していたスマホを探し、履歴の中から一番上の人間に電話をかけた、はずだ。
何度かのコールと不審がる男の声を聞きながら、亮は静かに目を閉じた。次に目を覚ます時は天国だろうかと考えながら。