短編

腕の中の男、東雲うずめはただの知り合いだ。友達というほど仲良くすごしたことはない。
亮は1期生で東雲は4期生、サークルが同じだったのに殆ど話したことはない。
ただ亮のアパートと東雲の家は隣接していた為、何度かぼんやりと2人で帰ったことがある程度だった。

例えば何も話すことはなかったのに沈黙が辛くなくて、別に一緒に帰る必要なんかないのにサークルの部室で東雲を待ち構えてみたりする、それだけだった。

たまたまスマホの電話履歴が一番上なのが東雲で、家も近いこともあって東雲にかけたのだ。
別に死ぬ前に彼の声が聞きたかったとか思ったわけではなかい。断じて。

そうして無言のスマホから異常を察知してバタバタと裸足で亮の部屋に乗り込んできた東雲は(亮が合鍵を渡していたのでそれを使って律儀に玄関から)、血まみれの全裸男と伸びた目出し帽男を見つけたそうだ。

腕の中でグズグズ泣きながら東雲は言う。
救急車をと一応は思ったのだが青ざめて呼吸のない亮とその頭から溢れる血に驚いた東雲は、死なせたくない一心で亮を狼人間にかえたのだという。
亮の溢れた血を指につけて舐め、東雲は自分の指先をガラス片で掻っ切り、こぼれる血を亮の口にぶっこんだらしい。
狼人間になれば回復力がつくから、というのが理由だ。

目覚めればそこは見慣れた自分の部屋で、血まみれなのは変わらないが視界は良好で目眩もない。
起き上がって部屋を見渡すと、ガラス片と血と目出し帽男と泣き崩れた東雲がいたカオス空間に心底驚いた。
よがっだあ!と叫んだ男が飛び込んできたため、転ばないように受け止めて腕の中に閉じ込めた。そこまでが今に至るストーリーである。


そして泣きながら謝罪されて貴方は今から狼人間ですなんて言われても。
体はどこも痛くないのに頭の上でふわふわ動く余計なものや、尻をふさりふさりと撫でていく余計なものが現実を突きつけていたが、それより何よりこれから一生東雲の下僕だというその宣言が亮の頭の中をぐるぐるかけ巡っていた。
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