妄想世界に屁理屈を。
「ん?」
違和感を覚えた。
変な匂いがする。
苦みを帯びた、焦げたみたいな匂い。
思わず、鼻をしかめた。
「火事かなぁ…」
キョロキョロと見回し、息を飲む。
目立つ、狩衣の衣装に、烏帽子。
揺れる直垂(ヒタタレ)がこちらを向いた。
「――っ!ぅ、そでしょ、」
周りには見えてないらしく、悪臭の原因もあの人からだった。
思わず腰が抜け、脱兎の如く逃げた。
「なん、で…ご、ご主人さまがっ!?」
心臓が、血が、全細胞が。
あの人を恐れて、嫌がっている。
――安倍晴明。
私を脅して捕まえて監禁して、地獄を見せた張本人だ。
死んだあのときと変わらぬ容姿でこちらを振り向いた。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ…!
幸い人がいっぱいいる。
雀よりも人に紛れて逃げた方が早いかもしれない。
そう判断して、走る。
人にぶつかろうが息が切れようが、逃げねば。
また捕まったら、何をされるかわからない…。