妄想世界に屁理屈を。


「なんで…?

なんでそこまでして、天若日子を…?」


神話的に、彼は無知で純粋な若い神とされる。


生まれたばかりで天下らされ、下照姫に囚われたと。

そして最後は自分で射った矢に殺される。


古事記の訳本では、省略されてしまうことすらある神だ。


「……んー、まあお湯に入りなよー」


そう言われてすごすごとお湯の中に入る。

満足そうにそれに笑んで、彼女はやけに遠い目をして言った。




「なんでって……好きだったんだよ、天若日子のこと」




みるみる目が見開かれていくのが自分でわかった。


嘘でしょ、だって、だったら…。


「下照姫がいないとこでは術効かないみたいでねー、スサノヲの命令に沿うために近づいたんだ

…初めてだった。鬼だとはばれてなかっただろうけど、神格の低さはわかるはすなのに対等に扱うんだ、あいつ

それどころか“ぼく”も神々なんだって嬉しそうに笑って

根の国では鬼はゴミみたいな扱いされるからさー
すっごい新鮮で、それで嬉しかった

好きだなんて最後まで言えるはずないよねー
あいつずっと彼女のこと好きだったのわかったから、ほんのちょっと読めてたしさぁー」



「……っ」


その無理やりの笑顔は、きっと彼を融合したから得た彼の能力で

そのぼく、という一人称も、彼の用いてた“ぼく”からとったもの



彼が、彼女の中には色濃く残ってる。



いいことのように思えるが、それは



「うぇ!?な、なんで泣いてるのー?」


「ふぅえ…だって、だってぇ…」



ぼたぼたとお湯の中に涙が落ちていく。

ああもうだめだ、絶対私には耐えられない。



「……約束を叶えるために食べたんでしょう?

好きな人の変わりに好きな人の好きな人に会うために」




そんな苦行できない

絶対に、無理だ。






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