千秋の門
本文
白いワンピースをふわふわとさせながら、千秋は黄色いモンシロチョウを追いかけていました。何度も何度も空き地の草を飛び越えていると、やがて白い柵にたどり着きました。
そこから少し歩くと、柵を高くしたような門がありました。
格子の間から中を覗いてみると、敷地の外とは違い、公園のようにきれいな空間が広がっていました。
千秋はふと、噴水の傍で花に水をあげている少年の姿を見つけました。少年はきちんとしたお洋服を着ていて、青いネクタイを締めていました。
千秋が追いかけていた蝶が、少年の近くで飛んでいました。
蝶に気を取られていると、突然、少年が話しかけてきました。
「こんにちは。お嬢さん」
耳元で囁かれたような気がして、千秋は尻餅をついてしまいました。でも、柵の向こう側にいる少年の顔がよく見えました。
千秋と同じぐらいの男の子で、丸い笑顔。両手で小さなじょうろを持っていました。
「こんにちは。あなたは、だれ?」
「僕はこの屋敷の住人だよ」
「わたしは千秋。この近くに住んでいるの」
「知っている。名前はわからなかったけど」
「どうして知っているの?」
「楽しそうに蝶と遊ぶ姿が見えていたんだ」
「そうなんだ」
「いいなあ」
「ねえ、一緒に遊ばない?」
「でも、この門は開かないんだ」
千秋は力一杯、引っ張ったり、押したりしてみました。でも、がちゃがちゃと揺れるだけで、開きません。
「中から開けられないの?」
「それも無理なんだ。どうしたら開くのかわからない」
「出られないってこと?」
「だって、千秋が来たのが初めてだから」
「困ったわね。蝶は入れるのに」
門を挟み、二人は腕を組んで考えました。
「そうだ。なら、蝶になればいいよ」
少年が叫ぶように言いました。
「蝶になる?」
「この門の中と外にいる人が同じ願い事をすると、願いが叶うんだ」
「本当?」
「本当さ。聞いたことがある」
「誰から?」
「ううん。神様かな」
「願い事って、どうするの?」
「こうやって、お互いに格子を持つんだ」
千秋と少年は右手と左手、それぞれ同じ格子を握り、向かい合いました。
「さあ、千秋。祈ろう。蝶になろう」
「うん。わかった」
少年が目を瞑ったのを見届け、千秋も目を閉じる。
蝶になりたい。
蝶になりたい。
蝶になって、この門を越えて行きたい。
あの少年と遊びたい。
気が付くと、ふわふわと体が浮いていました。千秋は白い蝶になっていました。
「こっちこっち」
門の向こう側で、青い蝶が呼んでいました。千秋は格子の間を何とか抜け、中に入りました。
「まだ、うまく飛べないよ」
「僕もさ。さあ、奥に行こうよ」
二人が花から花へ、そして噴水の傍にやって来ました。
「素敵なお庭ね」
「ありがとう」
噴水の水しぶきが、きらきらと輝いていました。
二人が話していると、黄色い蝶が飛んできました。
「やあ、蝶になったんだね。オイラ、びっくりしたよ」
千秋と遊んでいた蝶でした。黄色い蝶は二人を連れて、美味しい蜜のある花やトンネルになっている所、風か吹く面白い場所など、飛んで回りました。
何日かたったある日、三匹が噴水で羽を休めていると、青い蝶がぱったりと倒れました。千秋が慌てて駆け寄ると、黄色い蝶は言いました。
「オイラたちの寿命なんだ。楽しかった。ありがとう」
黄色い蝶も眠るように動かなくなりました。
やがて、千秋も眠くなりました。
まだまだ遊んでいたい。
いろんな人に出会いたい。
千秋はどうすることも出来ず、深い眠りに落ちて行きました。
学校の教室で、千秋は額を机にぶつけました。びっくりして顔を上げると、先生の横にいる少年と目が合いました。
周りからクスクスと笑う声が聞こえました。
その日、クラスに転校生がやって来ました。先生に紹介された少年は、名前を言い終わると、空いていた千秋の隣の席に向かいました。
「こんにちは」
少年が話しかけてきました。
「よろしくね」
額が赤くなっていましたが、千秋は立ち上がり、笑顔で迎えました。
がしゃん。ぎぎぎ。
あの大きな門がゆっくりと開く音が、千秋には聞こえました。
学校の花壇では、三匹のモンシロチョウが楽しそうに飛んでいました。
了
そこから少し歩くと、柵を高くしたような門がありました。
格子の間から中を覗いてみると、敷地の外とは違い、公園のようにきれいな空間が広がっていました。
千秋はふと、噴水の傍で花に水をあげている少年の姿を見つけました。少年はきちんとしたお洋服を着ていて、青いネクタイを締めていました。
千秋が追いかけていた蝶が、少年の近くで飛んでいました。
蝶に気を取られていると、突然、少年が話しかけてきました。
「こんにちは。お嬢さん」
耳元で囁かれたような気がして、千秋は尻餅をついてしまいました。でも、柵の向こう側にいる少年の顔がよく見えました。
千秋と同じぐらいの男の子で、丸い笑顔。両手で小さなじょうろを持っていました。
「こんにちは。あなたは、だれ?」
「僕はこの屋敷の住人だよ」
「わたしは千秋。この近くに住んでいるの」
「知っている。名前はわからなかったけど」
「どうして知っているの?」
「楽しそうに蝶と遊ぶ姿が見えていたんだ」
「そうなんだ」
「いいなあ」
「ねえ、一緒に遊ばない?」
「でも、この門は開かないんだ」
千秋は力一杯、引っ張ったり、押したりしてみました。でも、がちゃがちゃと揺れるだけで、開きません。
「中から開けられないの?」
「それも無理なんだ。どうしたら開くのかわからない」
「出られないってこと?」
「だって、千秋が来たのが初めてだから」
「困ったわね。蝶は入れるのに」
門を挟み、二人は腕を組んで考えました。
「そうだ。なら、蝶になればいいよ」
少年が叫ぶように言いました。
「蝶になる?」
「この門の中と外にいる人が同じ願い事をすると、願いが叶うんだ」
「本当?」
「本当さ。聞いたことがある」
「誰から?」
「ううん。神様かな」
「願い事って、どうするの?」
「こうやって、お互いに格子を持つんだ」
千秋と少年は右手と左手、それぞれ同じ格子を握り、向かい合いました。
「さあ、千秋。祈ろう。蝶になろう」
「うん。わかった」
少年が目を瞑ったのを見届け、千秋も目を閉じる。
蝶になりたい。
蝶になりたい。
蝶になって、この門を越えて行きたい。
あの少年と遊びたい。
気が付くと、ふわふわと体が浮いていました。千秋は白い蝶になっていました。
「こっちこっち」
門の向こう側で、青い蝶が呼んでいました。千秋は格子の間を何とか抜け、中に入りました。
「まだ、うまく飛べないよ」
「僕もさ。さあ、奥に行こうよ」
二人が花から花へ、そして噴水の傍にやって来ました。
「素敵なお庭ね」
「ありがとう」
噴水の水しぶきが、きらきらと輝いていました。
二人が話していると、黄色い蝶が飛んできました。
「やあ、蝶になったんだね。オイラ、びっくりしたよ」
千秋と遊んでいた蝶でした。黄色い蝶は二人を連れて、美味しい蜜のある花やトンネルになっている所、風か吹く面白い場所など、飛んで回りました。
何日かたったある日、三匹が噴水で羽を休めていると、青い蝶がぱったりと倒れました。千秋が慌てて駆け寄ると、黄色い蝶は言いました。
「オイラたちの寿命なんだ。楽しかった。ありがとう」
黄色い蝶も眠るように動かなくなりました。
やがて、千秋も眠くなりました。
まだまだ遊んでいたい。
いろんな人に出会いたい。
千秋はどうすることも出来ず、深い眠りに落ちて行きました。
学校の教室で、千秋は額を机にぶつけました。びっくりして顔を上げると、先生の横にいる少年と目が合いました。
周りからクスクスと笑う声が聞こえました。
その日、クラスに転校生がやって来ました。先生に紹介された少年は、名前を言い終わると、空いていた千秋の隣の席に向かいました。
「こんにちは」
少年が話しかけてきました。
「よろしくね」
額が赤くなっていましたが、千秋は立ち上がり、笑顔で迎えました。
がしゃん。ぎぎぎ。
あの大きな門がゆっくりと開く音が、千秋には聞こえました。
学校の花壇では、三匹のモンシロチョウが楽しそうに飛んでいました。
了