シンデレラは夜も眠れず
4、王子の登場
ホテルに戻ると、最上階にあるバーでフルーツ盛りとペリエを頼んだ。
レストランでの食事は匂いに敏感になっている私には不向きだった。
かと言ってルームサービスを取って一人で食べるのはちょっと虚しい。
散々食べて吐くを繰り返して自分が食べても大丈夫だとわかったのは、バナナと桃と炭酸水。
普通では有り得ない食生活だが、悪阻が酷い時は仕方がない。
窓際の席で夜景を見ながらペリエを飲んでいると、見知った顔が視界に入ってきた。
綺麗な女性と談笑している。
その人は健留さんに少しだけ面差しが似ていたが、軽薄そうな雰囲気は彼とは異なるものだった。
面倒な相手に見つかりたくなくて席を立つ。
すると、引いた椅子の音が思いの外響いて彼と目が合ってしまった。
「あっ……」
厄介だな。
このまま知らぬ振りをしよう。
この場を去ろうとすると、彼がすかさず声をかけてくる。
「本間さん?」
ヤバい。
見つかってしまった。
私は思わず苦笑した。
彼は私との目線を外さず私に近づいて来た。
こういう野生のハンターみたいなところも健留さんと似ている。
彼は九条司。
健留さんの従弟で海外事業部部長。
常務が左遷されれば、次の常務はきっと彼だろう。
軽そうに見えても、健留さんが言うには彼は有能らしい。
彼も次期社長候補の一人。
ハンサムではあるが、私はこういうタイプは苦手だ。何を考えているのかわからない。
「今日は健留は一緒じゃないの?」
「なぜ私が専務と一緒にホテルに?私の事よりあの女性は良いんですか?すごく私の方見て睨んでますけど」
早く部屋に戻りたい。
余計な詮索はしないで欲しい。
だが、そんな私のささやかな願いは受け入れられなかった。
「あー、いいのいいの。どうせ中身が空っぽな女だし。それより君だ。顔色が悪い。病院で診てもらった方がいいんじゃない?健留はここに君がいること知ってるの?」
矢継ぎ早の質問に苛々がつのる。余計なお世話だ。
部長までどうして私に構って来るの?いつもは私と言葉を交わす事すらあまりないのに……。
「それは今日久米島に着いて疲れたからです。でも、部長と会ったから顔色が悪くなったのかもしれません。それに、私のプライベートは専務には関係ありませんよ」
私の冷たい言葉に部長は苦笑する。
「辛辣だな。そんな事言う悪い子には……お仕置きだな」
部長は悪魔のように口角を上げて妖しく笑うと、ポケットからスマホを取り出して操作し耳に当てた。
「一体どこにかけるつもりですか?」
部長は意地悪く小声で「健留」と呟くと、左手で私の口を塞いだ。
健留さん?嘘でしょう?
止めてよ!
私は必死に目で部長に抗議する。
「お前の姫さん久米島のホテルで見つけたんだけど。お前どこにいるの?お前は知ってるの?」
部長にしては珍しく健留さんを少し責めるような口調だった。
健留さんの声がかすかに聞こえたが、何を言ってるのか聞き取れない。
姫さんて何なのよ!
だが、この電話で健留さんに居場所がバレた。最悪だ。
何でこの人は余計な事をするんだろう。
私は部長をキッと睨み付けた。
「……なるほどね。わかった」
部長は私の睨みにも動じず、周囲を見渡すと納得といった様子で会話を終え、スマホをしまった。
「僕の今夜のお相手は怒ってどっか行っちゃったし、君にちょっと付き合ってもらおうかな」
部長はニコニコしながらウインクする。
私に睨まれても、あの女性に逃げられても、彼は全然懲りていないらしい。
「部長の夜のお相手なんかしませんよ」
溜め息交じりに言いながら、頭の中で今後の計画を練り直す。
これから航空会社に連絡をして、明日の早朝の便でここを立とう。
ひょっとしたら健留さんから兄に連絡がいくかもしれない。
でも、さすがに京都までは追って来ないだろう。
私が京都に行くことを知ってるのは、私と京都にいる親友だけだ。
思い出の場所で数日ゆっくりしようと思っていた計画が、この人のせいで全ておじゃんだ。
「無駄だよ」
私の思考を読んだのか、部長は珍しく真剣な表情で告げる。
「姫さんの行動を健留は把握してる」
「姫さんってどういうことです?専務は私の上司ですよ」
「鈍感なのもある意味罪だよね。知らぬは本人ばかりなりかあ」
ちょっとふざけたような口調。でも、部長の言葉はどこか意味深だ。
「一体何の話ですか?」
「良いこと教えてあげようか?君が秘書課に異動になった時、健留は俺のだからって牽制してきた」
「それは私が専務の親友の妹だからですよ」
「本気でそう思ってる?健留だって人間だよ。自分が惚れてる相手に他の男が近づけばあいつだって嫉妬する」
惚れてる相手?まさか。
それに、健留さんが嫉妬?
あり得ない。勘違いもいいとこだ。
「専務は私の事をそんな対象としてみてませんよ」
「……意外と頑固だね。じゃあ、1つ賭けをしようか。今から1時間以内に健留が現れれば僕の勝ち。現れなければ君の勝ち。僕が勝てば君のキスをもらおうかな。君が勝てばこのホテルのスイートを用意しよう」
「……くだらない。専務は今日は会長宅へ泊まって、そのまま明日お見合をするんですよ」
「そうだったかもしれない。でも……健留は君を迎えに来たよ。これが答えじゃない?」
部長は何かを見つけたのか、フッと微笑した。
彼の視線の先には健留さんがいた。
「う……そ……」
レストランでの食事は匂いに敏感になっている私には不向きだった。
かと言ってルームサービスを取って一人で食べるのはちょっと虚しい。
散々食べて吐くを繰り返して自分が食べても大丈夫だとわかったのは、バナナと桃と炭酸水。
普通では有り得ない食生活だが、悪阻が酷い時は仕方がない。
窓際の席で夜景を見ながらペリエを飲んでいると、見知った顔が視界に入ってきた。
綺麗な女性と談笑している。
その人は健留さんに少しだけ面差しが似ていたが、軽薄そうな雰囲気は彼とは異なるものだった。
面倒な相手に見つかりたくなくて席を立つ。
すると、引いた椅子の音が思いの外響いて彼と目が合ってしまった。
「あっ……」
厄介だな。
このまま知らぬ振りをしよう。
この場を去ろうとすると、彼がすかさず声をかけてくる。
「本間さん?」
ヤバい。
見つかってしまった。
私は思わず苦笑した。
彼は私との目線を外さず私に近づいて来た。
こういう野生のハンターみたいなところも健留さんと似ている。
彼は九条司。
健留さんの従弟で海外事業部部長。
常務が左遷されれば、次の常務はきっと彼だろう。
軽そうに見えても、健留さんが言うには彼は有能らしい。
彼も次期社長候補の一人。
ハンサムではあるが、私はこういうタイプは苦手だ。何を考えているのかわからない。
「今日は健留は一緒じゃないの?」
「なぜ私が専務と一緒にホテルに?私の事よりあの女性は良いんですか?すごく私の方見て睨んでますけど」
早く部屋に戻りたい。
余計な詮索はしないで欲しい。
だが、そんな私のささやかな願いは受け入れられなかった。
「あー、いいのいいの。どうせ中身が空っぽな女だし。それより君だ。顔色が悪い。病院で診てもらった方がいいんじゃない?健留はここに君がいること知ってるの?」
矢継ぎ早の質問に苛々がつのる。余計なお世話だ。
部長までどうして私に構って来るの?いつもは私と言葉を交わす事すらあまりないのに……。
「それは今日久米島に着いて疲れたからです。でも、部長と会ったから顔色が悪くなったのかもしれません。それに、私のプライベートは専務には関係ありませんよ」
私の冷たい言葉に部長は苦笑する。
「辛辣だな。そんな事言う悪い子には……お仕置きだな」
部長は悪魔のように口角を上げて妖しく笑うと、ポケットからスマホを取り出して操作し耳に当てた。
「一体どこにかけるつもりですか?」
部長は意地悪く小声で「健留」と呟くと、左手で私の口を塞いだ。
健留さん?嘘でしょう?
止めてよ!
私は必死に目で部長に抗議する。
「お前の姫さん久米島のホテルで見つけたんだけど。お前どこにいるの?お前は知ってるの?」
部長にしては珍しく健留さんを少し責めるような口調だった。
健留さんの声がかすかに聞こえたが、何を言ってるのか聞き取れない。
姫さんて何なのよ!
だが、この電話で健留さんに居場所がバレた。最悪だ。
何でこの人は余計な事をするんだろう。
私は部長をキッと睨み付けた。
「……なるほどね。わかった」
部長は私の睨みにも動じず、周囲を見渡すと納得といった様子で会話を終え、スマホをしまった。
「僕の今夜のお相手は怒ってどっか行っちゃったし、君にちょっと付き合ってもらおうかな」
部長はニコニコしながらウインクする。
私に睨まれても、あの女性に逃げられても、彼は全然懲りていないらしい。
「部長の夜のお相手なんかしませんよ」
溜め息交じりに言いながら、頭の中で今後の計画を練り直す。
これから航空会社に連絡をして、明日の早朝の便でここを立とう。
ひょっとしたら健留さんから兄に連絡がいくかもしれない。
でも、さすがに京都までは追って来ないだろう。
私が京都に行くことを知ってるのは、私と京都にいる親友だけだ。
思い出の場所で数日ゆっくりしようと思っていた計画が、この人のせいで全ておじゃんだ。
「無駄だよ」
私の思考を読んだのか、部長は珍しく真剣な表情で告げる。
「姫さんの行動を健留は把握してる」
「姫さんってどういうことです?専務は私の上司ですよ」
「鈍感なのもある意味罪だよね。知らぬは本人ばかりなりかあ」
ちょっとふざけたような口調。でも、部長の言葉はどこか意味深だ。
「一体何の話ですか?」
「良いこと教えてあげようか?君が秘書課に異動になった時、健留は俺のだからって牽制してきた」
「それは私が専務の親友の妹だからですよ」
「本気でそう思ってる?健留だって人間だよ。自分が惚れてる相手に他の男が近づけばあいつだって嫉妬する」
惚れてる相手?まさか。
それに、健留さんが嫉妬?
あり得ない。勘違いもいいとこだ。
「専務は私の事をそんな対象としてみてませんよ」
「……意外と頑固だね。じゃあ、1つ賭けをしようか。今から1時間以内に健留が現れれば僕の勝ち。現れなければ君の勝ち。僕が勝てば君のキスをもらおうかな。君が勝てばこのホテルのスイートを用意しよう」
「……くだらない。専務は今日は会長宅へ泊まって、そのまま明日お見合をするんですよ」
「そうだったかもしれない。でも……健留は君を迎えに来たよ。これが答えじゃない?」
部長は何かを見つけたのか、フッと微笑した。
彼の視線の先には健留さんがいた。
「う……そ……」