召しませヒメの甘い蜜
「失礼しました。
けれども、僕には教室を安全に運営する責任がありますので」
そう言うと神野は掴んだ姫野の華奢な手首を開放した。
「あちらに水絆創膏の用意があります。
手当てしないと、これじゃぁ沁みるでしょ」
「でも、まだお料理が途中です」
「貴方が戻られるまで、僕が代わりに作業を進めていて差し上げますよ。
それなら良いでしょう?」
「そうですね。
手が痛いと、またご迷惑をかけてしまうかもしれないですね。
わかりました、お願いします」
丁寧に頭を下げて、彼女は神野が指し示した救急箱の方へと歩いていった。
後ろ姿にも育ちの良さが感じられる。
巻き髪をきちんと後ろで纏め、教科書通りにレースの三角巾で髪を押さえている。
大きく結ばれたエプロンのリボンが、腰の後ろで優雅に揺れた。
神野がその動きに見ほれていると、「きゃっ!」という小さな叫び声とともに、その姿が忽然と視界から消えた。
(しまった、油断した)
「姫野さん、今度は……」
慌てて駆け寄ると、彼女は手順説明用に引き込んだ電子掲示板の電源コードに足を取られてしゃがみ込んでいた。
「わたくしって、ほんとうに……」
「気をつけてください、ここには危険な機材も沢山あるんですよ」
少しだけ口調がきつくなってしまったが、仕方がない。
ここは調理室、刃物や火気、危険物が沢山あるのだ。