召しませヒメの甘い蜜
◇許婚の存在
「あっ、桜さん、こちら神野シェフ。
先週はいろいろお世話になったの」
姫野は一呼吸置いて友人に向き直り、落ち着いた口調で神野を紹介した。
「世話してこれ?
見てよ、ヒメの手、凄い切り傷で目も当てられない!」
「桜さん、それはわたしが至らないから。
シェフには関係のないことですって何度も申し上げたでしょ」
挨拶より先に、苦言を呈する南野を姫野はすかさずたしなめた。
「南野さん、料理の基礎を学ぶには多少の怪我は致し方ないと思いますよ。
それを経て、やっと味の良し悪しに移れるわけですし……」
「ヒメにはそんなこと必要ない。実際作れなくても、作らせればいいだけだ」
「桜さん!
わたくし、そんな風には思っていなくってよ。
総一郎さんの為に、自分で料理を作って差し上げたいと思っています」
「ヒメ?」
終始穏やかだった姫野の必死に訴える様子に、南野の勢いは一気にそがれてしまう。
と同時に、突然現れた男の名に神野は戸惑った。
「総一郎?」
思わず心の声が、言葉になってこぼれ出た。
「わたくしの許婚です」
姫野麗はそう言って、頬を赤らめた。