召しませヒメの甘い蜜
「ほんとうに、ありがとうございました。
今日もとても楽しく学ばせていただきました」
そういい置いて深々と頭を下げ、姫野と南野は教室を後にした。
『残念なのですけれど、来週からはお仕事の関係でここには来れませんの。
また機会があったら、神野シェフのお料理、ゆっくり味わわせていただきたいです』
彼女の言う仕事とはいったい何のことなのか、神野には想像がつかなかった。
二十歳そこそこにしか見えない容姿。
育ちの良い、おっとりとした物腰。
どこぞの名家の令嬢であることは間違いないと思うのだが。
果たして彼女に勤まる仕事のイメージが湧いてこない。
芸術家?
それにしては、手に傷を作ることも意に介さなかったし。
雑事をこなし立ち働く彼女の姿を想像することもできない。
花嫁修業の一環として、同族会社の秘書役でも果たしていると考えるのが妥当な線か。
いつもなら気にも留めないどうでも良いことを、神野は珍しく思い巡らせていた。