召しませヒメの甘い蜜
「おぉ、潮、元気そうじゃの」
総一郎は現在、家族で住んだ白金の屋敷を引き払い一人ホテル暮らしをしている。
「レストランの方は順調のようじゃの。わしの耳にも評判は届いておる」
目じりに皺を一杯に寄せて笑う祖父の瞳には、まだまだ生気がみなぎっている。
歩み寄る神野の手をしっかりと握り締めて、そのまま彼の身体を抱き寄せた。
「お爺様もお元気そうで」
大きくなったの、そう言って総一郎はいつも神野の背中を撫でる。
社会人になり、神野が独り立ちしてからも二人はこうやって月に一度顔を合わせる。
それはスポンサーとしての役目というより、祖父と孫としての生存確認の為だ。
「わしはこの通りの老いぼれじゃが、まだまだ頑張れる。
お前の行く末を見届けてからじゃなきゃ、死んでも死に切れん」
「僕ももう三十ですよ、店も順調ですし、援助頂いた資金もじき完済します」
「金の話じゃない。お前の幸せの話だ。まだ身を固める予定はないのか?
お前に家を継ぐ必要は無いとは言ったが、結婚するなと言った覚えはないがのう」
「お爺さま、それは相手があってのこと。
今の僕には店が全てです。結婚なんて考える余裕は……」
「人生は短いぞ、潮。いつ終わるかもわからん。
女が幸せの全てとは言わんが、愛の無い人生が空しいことも確かじゃ」
わしが居なくなったら、お前は天蓋孤独になるんだぞ、と総一郎は少し声を弱めて呟いた。