召しませヒメの甘い蜜
「で、今日は相談なんじゃが……
潮、ホテルに戻って来る気はないか?」
何の前触れも無く、祖父がそう切り出した時、神野は自分の耳を疑った。
「お爺様、それでは話が……」
「なに、ホテルを継げと言ってる訳ではないぞ。
メインレストランをフレンチからイタリアンに変える計画があってな。
昨今、ヘルシーなイタリアンの方が人気がある。
それに、これはわし一人の考えではなく、下からの提案だ」
両親亡き後、料理人の道に進みたいと祖父に願い出た六年前、ホテルを継ぐ意志の無い証として、母方の姓を名乗ることにした潮だった。
そして、両親亡き後、公の場所に姿を見せたことの無い彼のことを、世間でも当に忘れ去っているに違いなかった。
それでも血の繋がりは隠し遂せるものではない。
祖父の近くに居ることは、いずれ……
「先のことはどうとでもなる。
あの店の評判はお前自身の実力だ。ならば、更なる飛躍の為に我がホテルに店を開くのは、悪い話じゃなかろう」
祖父の言葉に偽りのないことも良くわかる。
だが、即座に了解するにはいかなかった。