この空の下で
 オレは困った。この状況をどうすればいいのか。廊下の端から端を見ても、今は誰もいない。どうすればいいか、オレは自分自身に問いかけた。そしてその結果として出た言葉は、悲しいほど単純なものであった。オレは一回も息継ぎをしないで言った。

「じゃ、じゃあ…そこの紙をそこのダンボールに全部貼って」

 しかし、この言葉を言うだけでも、十分に勇気がいり、オレにとって、かなり精神的に参った。

 ああ、こんなときに誰かが近くにいてくれたら。

 オレはそんなマイナスな思考もあったが、プラスな面もあった。これはチャンスだ。そういう声をオレは耳にしたのだ。

 彼女はオレに言われたとおり、その作業に黙々と取り組んでいる。しかしいくらチャンスがあっても、話しかける勇気など最初からない。勇気を出して話しかけよう、と口までは開くのだが、それがやっとのことで、すぐにためらってしまう。はたしてどうしたものか。

 そんなことを考えているうちに、いつのまにかオレの作業は止まり、口を開けながら彼女を見つめている形になっていたのに、オレは気付いていなかった。当たり前だが、彼女はこっちに気付き、優しく微笑んだ。そしてオレの頬は再び紅潮し、石のように固まった。その滑稽な姿を、彼女は柔らかく笑って言った。

「なんか、だめなところでもあった?」

「…いや、なんでもないよ。ただ…疲れてボーっとしてただけ。そのまま続けて」

 オレは、気が付いたような素振りをみせて、自分の仕事に戻った。彼女は不安そうな顔を見せたが、やがてもとの仕事に戻った。

 そして再び沈黙が暗闇とともに包み込む。今、この廊下には誰もいない。どの教室にも、このフロアには自分たち以外、誰もいない。ただ二人だけ。

 再び彼女に話しかけようと挑戦するが、できない。こんな簡単なことができないなんて、と思うと、なんだか自分のことが嫌になってくる。そんな自分に、風はあざ笑うかのように吹いた。
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