この空の下で
 オレは背筋が稲妻のごとくしびれ、顔と足は発熱反応を起こした。なんでこんなオレが法月さんから話しかけられるのか。なんでまともに話したことがない俺なんかと帰りたがるのか。俺はそれが不思議でたまらなかった。

「ねぇ、いいの?」

 法月は期待で満ち溢れている目でこちらを見ていた。

 部活はまだ続いていたが、あと二十分もしたら終わるであろう。今から言ったのであれば、クールダウンをするだけで終わってしまうはずであった。

 オレは彼女の目を避けて、まだ空が残っている遠い彼方を見た。そこには、いつもより明るい、悠々たる空が見えた。


 電灯を通過する時、二つの影が後ろから前へとオレ達を追い抜く。そして再び後ろに退くと、また追い抜く。

 オレはいつもとは違う帰路を歩いていた。完全に幽幽とした空は、なんとも言えない。

 突然、彼女はその暗闇から、低い声でオレに話しかけた。

「ねぇ、古葉くん、私のこと覚えてる?」

「…えっ」

 オレは法月の目を見つめた。これは羞恥心も勇気もなかった。ただ、法月の言っている意味が分からなかったのだ。いつどこであったのか。いままで法月という人にはあったことがない。

 彼女はうつむいて、悲しい目で言った。

「私、芳江って言うんだけど…」

 オレはその一言にはっとした。そういえば、どこかで聞いたことがある。それは、確か、小学校の頃だったような。

「…そうだよね。私のことなんて、知らないよね。ごめんなさい。今日は付き合ってくれてありがと。じゃあ、さようなら」

 突如、法月は走り出した。

「あ…」

 オレはついに思い出した。確か、小学校のころ、芳江という女子がいた。しかしその子の苗字は違っていた。その時の彼女は神村であった。どうして苗字が違うのであろうか。

 そんなことを考えていると、法月はいなくなっていた。冷たい風と供に。
< 102 / 173 >

この作品をシェア

pagetop