この空の下で
 その後は前年に比べ、時間は一瞬にして過ぎ去った。

 そして交際を繰り返し、同棲もした。互いの愛を確かめ、彼女が大学を卒業したら、結婚することを決めていた。

 医者の先生が言うには、芳江に適した環境は、もちろん都会ではない方がいいらしい。そしてこの埼玉に引っ越してきたのだ。

 芳江が大学を卒業するまで、オレは安定した家庭を築くために就職先を探した。そして勤めることになったのが、今年で十三年間働き続けることになる、長羅製作所だ。この製作所は三代続いている工場であった。

 オレ達は互いにそばにいるだけで幸せだった。そしてさらに大きな幸福が訪れた。



 …お前たちが生まれたことだ…」

 僕は少し別のことを考えた。そういえば深雪は何をやっているのであろうか。多分、まだ寝ているに違いない。

 外はおぼろげに月が輝き、遠くでフクロウが寒そうにさえずっていた。

 僕は父さんの顔を見た。父さんは首を掻くと、頬を赤らめた。そして手を合わせて、そっと一言つぶやいた。

「いただきます」

 そう言い終ったとき、階段から足音が聞こえてきた。そしてその音は次第に大きくなっていった。

「…ゴホッ…ゴメン、ちょっと言い過ぎた…」

 母さんは鋭い目つきで睨むようにこちらを見た。目と鼻と頬は赤く、きっと寝室でずっと泣いていたのであろう。父さんはというと、気まずい顔に変わった。

 そして母さんは自分の髪をなで、続けた。

「ところで、ご飯、食べる?」

「ああ」
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