この空の下で
「…おかしくなんかないわ」

 そう言い残して、母さんは逃げるように居間に駆け込んだ。

 その後を追うこともできたが、居間に入る気にもなれなかったので、自分の部屋に戻ることにした。


 日が優しく差し込む部屋の中で、私はベッドに横たわり、居間から漏れてくる声に耳を傾けていた。笑い声と快活な声が、耳元まではっきりと聞こえる。母さんも上手く混じって楽しそうだ。あれだけ彼女を敬遠していたのに、今では裏切り者となった。まあ、自分も悪かったのだが。

 あまりにも暇だったので、ベッドのシーツを握ったり、手足を思いっきり伸ばしたりした。勉強や昼寝は十分にできたが、今はそんな気になれない。ただ、そこで何にもやらないのが、今のしたいことであったと思う。

 あぁ、生きてるだけって疲れる。

 私は頭が真っ白のままから、それだけを考えた。生きるって何であろうか。自分はなんで生きているのであろうか。ついには、この世にはどれだけの人間がいるのか、ということを考えた。そして自然に、自分がどれだけちっぽけなものかを考えた。すると、目からぽろぽろと出てきた。徐々に涙の出る量は増して、シーツに静かにしみこんだ。

 そしてすぐ、涙を拭かないうちに、ドアの開く音がした。

「ただいまー」

 その声の主は要であった。

 要は洗面所に向かったあと、すぐに居間に入っていった。


 私は部屋の中で静かに待った。何を待っていたのかは分からなかったが、もしかすると、ただ動きたくなかっただけだったのかもしれない。

 そして時間はゆっくりと流れ、私をベッドにはりつけにした。

 私を退屈にするのはなんだろう。私は自分自身の肩を握り締め、下唇を噛み、なるべく小さくうずくまった。そしてゆっくりと目をつむって、小さな呼吸を全身で感じ取った。自分の小ささを、手で感じ取りながら。
< 115 / 173 >

この作品をシェア

pagetop