この空の下で
 夕飯は一家団欒でそれなりに話が弾んだ。そして要は部屋に戻り、父さんは風呂へ入った。これで居間には二人だけ。最高の状況をいとも簡単につくれた。

 そして私は胸の高鳴りを抑え、ゆっくりと口を開いた。

「ねぇ、母さん。ひとつ聞いてもいーい?」

「何、聞きたいことって」

 流しの音とともに、母さんの声は静かで澄んでいた。

「何でも答えてくれる?」

「え、何でもは無理だけど、答えられることは答えるわ」

 はまった。私は自分にうなずき、ゆっくりと口を開いた。

「今日のことなんだけど…」

 母さんは黙々と皿を洗い続けている。

「え、何。聞こえなかった」

 母さんの顔には、明らかにウソが見られた。私は奇妙にニタっと笑い、また同じ質問をした。

「今日の、葵さんの、ことなんだけど」

「あ、今日のこと。結構、楽しかったわよ。深雪も降りて来て、一緒に話をすればよかったのに、もったいないわね」

 私の目には、母さんは作り笑いをし、どうしようといった、すっかり動揺しきった顔が見えていた。

「それで?」

 私は相変わらずニタニタしていたが、母さんは苦い顔をしていた。

「それでって、話しただけだけど…」

「ウソ」

 私から笑顔が消えた。母さんは手を止め、今持っている皿を眺めた。そして私は続ける。

「要のアンケート…」

 母さんは黙ったままだ。しかし蛇口からは水が流れ続けていた。

「あれって何?」

 まだ黙っている。

「ねぇ、答えてよ」

 母さんの手は再び動き出したが、口はピクリとも動かさなかった。

「何で答えられないの。これぐらい答えるのは、簡単でしょ。教えてよ」

 冷蔵庫の稼動している音と、蛇口から流れる水の音がやたらと大きく感じられた。それほどキッチンと居間には、沈黙が制していたのだ。
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