この空の下で
 僕は教室を出た後も、彼女の表情を思い浮かべた。そしてその意味を考えた。しかしいくら考えても分からない。彼女の瞳の奥にも、何かが潜んでいた。一体何が。今はただ、唇を噛みしめることしかできなかった。

「で、最近、美羽とはいい感じなの」

「え…美羽って誰?」

「アンタ、そんなことも知らないで、よく付き合っていたわね。水神美羽よ、水神」

「へー、そうなんだ」

 今まで水神とは、友好的に付き合ってきたが、なぜか名前は知らなかった。

 深雪は身を乗り出し、ニヤついた顔を近づけた。

「で、どうなのよ。好きなの」

「はぁ?お前、大丈夫か」

「噂になってるよ。好きなんだね」

「そんなわけないだろ。しかもなんだよ、その噂」

 僕は当たり前のことのように言ったが、だんだん怒りだしてきたのが自分には分かった。それに察知したように、深雪は口元で笑った。

「なんだよ」

「だってアンタ、おかしいんだもん」

「何が」

「だって、だって…」

 深雪は笑いをこらえながら、ソファーから乗り出した。

「だって…同でもいい人なんかを…そこまで…感情的に…なるなんて…はは」

「なってねぇよ」

「好きなんだ」

「違う」

 そんなことを言いながらも、心底そうではなかった。確かに彼女には魅力がある。それも、女性的な、だ。その上話をしていても楽しいし、一緒にいるだけでも安心する。短い間で、次第に惹かれていく彼女の魅力には、僕をとりこにした。だが、恋愛的感情というものは、本当にまったくない。しかし、僕の胸の鼓動は次第に速くなっていった。

 そしてその後も深雪は突っかかってきたが、「違う」の一言で乗り切った。
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