この空の下で
「いいわねえ、やっぱり若いって」

「そうよねぇ、うらやましいわ。うちの旦那も見習って欲しいぐらいだわ」

 それは近隣に住む、峰倉さんを見舞いにきていたおばさん達の声だった。

 そしておばさん達は一斉にねぇーと声を合わせた。雄治ははちきれそうに恥ずかしくなった。そして耳がかっと熱くなるのが分かった。芳江も同じように赤くなっていた。二人は手を離し、しばらく頬の熱がひくのを待った。

 二人を察したのか、峰倉さんがおばさん達の会話を止めた。そしておばさん達は納得したかのように、峰倉さんに笑って言った。

「じゃ、お大事に。早く元気になってね」

 おばさん達は静かに通路を歩いて退室した。

 今、この部屋にいるのは、雄治と芳江と峰倉さんだけだ。

 静かにゆっくりと時間が流れていく。その間、病室には、病院独特の薬品のにおいが、その空間を漂った。

 しばらくすると、耳に時計の音が入ってきたので、雄治はふと時計を見た。すると、既に九時十分前だった。ボーっとしている時間が非常に長かったのだ。

「あっ、もうこんな時間。そろそろロビーに行かなくちゃ。じゃ、俺、行くから」

 そう言って、カバンをすばやく持ち、カーテンを途中まで開けた。すると芳江が強い口調で雄治を引き止めた。

「ねぇ、ちょっと待って」

 雄治が振り向くと、芳江が不安そうな顔をしていた。

「本当にこれでいいんだよね、きっと」

 芳江が静かにも、悲しい声で言った。

「いいもダメもあるわけないだろ。オレがお前を幸せにする。もちろん、オレたちの子供も。約束しよう」

 そう言うと、雄治は芳江の隣まで行き、親指と小指を立てて右手を差し出した。それを見た芳江に微笑みが戻った。

「約束、ね」
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