この空の下で
 今日の放課後、駐車場に来てください。

 たった一文を読み終えた時、僕はすぐに水神のことを思い出した。今日のホームルームの時、なにか思いつめていたようなあの目、背中には、僕を圧倒させた。彼女が帰る間際、僕は何も言えなかった。彼女は無言で立ち去った。僕はただ、彼女がドアから出るまで、彼女の背中を見送り、その場で立ちすくんでいることしかできなかった。

 そしてすぐに、僕はこれからどうするべきかを考えた。その通りに駐車場に向かうか、または無視して部活に行くか。自分ではどうでも良かった。行っても行かなくても、結果は同じことであろう。

 しかし答えは、少しの葛藤もせずに、心の中で素直に決められた。

 僕は便箋をたたんで封筒に戻すと、急いで駐車場に向かった。


 風が吹き、赤い車の陰から美しい黒髪がなびく。

 僕はおそるおそる、その車に近づき、ゆっくりと車の陰から覗きこんだ。

「やっぱり、お前か」

「…うん」

 今日の水神は、気持ち悪いほど女の子らしく振舞っていた。かしこまったように手を前に組み、顔をやや下に向けたまま、前髪の間から目を覗かせていた。後ろにまとめたポニーテールがよく似合う。

「あの…いきなりでゴメン。私、古葉…いえ、要のことが好きだ」

 確かに彼女は度胸と思い切りだけはあったが、ここまであるとは思わなかった。

 そして水神は続けた。

「私の大切な人になって欲しい…お願いします」

 なんて言われるかは大体予想できていたが、いざ言われてみると、すっかり困り果てている自分がいた。

 水神は頭を下げたまま、静かに僕の返答を待っている。

「とりあえず…頭を上げろ」

 水神はゆっくりと頭を上げると、澄ました顔でこちらを見た。その目は優しく、決して期待というものはなかった。

 僕は本当に困った。この後、どういう返事をすればいいものか。この場所に来るまで、いろいろと考えていたが、何も思いつかなかった。

「参ったな…まぁ、とりあえず、今日は一緒に帰るか」

「…うん」
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