この空の下で
 そう言って芳江も親指と小指を立てた左手を差し出した。そして二人は、折り曲げた指同士をコツンと乾杯するように当てた。その拍子に親指と親指、小指と小指同士が触れ合った。その時、何かを感じた。まるでこれからのことを予言しているかのように。

「これで成立だな。じゃあ行ってくるから」

「うん」

 そう言って雄治はカーテンの向こうへと消え去った。

 カーテンを抜けると左斜め前のベッドに峰倉さんが寝ていた。二人は目が合うと、軽く会釈をした。そして真っ白な廊下を歩きドアを引いて廊下に出た。ドアは勝手に戻っていき、ゆっくりと閉まった。

 外は病室内に比べて明るく、木の葉は風に揺られてざわざわと語り合っていた。とても気持ち良さそうに日光を浴びて、その上心地よい風に吹かれるなんて、そんな贅沢を木の葉達は味わっていた。

 雄治はその光景をボーっと見つめながら深く息を吸い込み、ゆっくりとその空気を吐き出した。

 その時雄治は突然自分について思った。何のために生まれてきたのか、なんでオレ達だけこんな悲惨な事態を体験せねばならないのか、と。

 雄治は自分の思いから抜け出すと、ロビーに向かって歩き出した。ロビーに向かう一歩一歩が重くなってきた。そのため階段を降りる時はかなりの重労働だった。

 ロビーに着くと時計はすでに九時をまわっていた。心の中で、あと二十分と唱えながら、誰も座っていない長イスに腰をかけた。ロビーには三人いるだけで、がらんとしている。その三人は前の方の長イスに座っていた。その中には先ほど休憩室にいた老人もいた。

 老人は雄治に気付いたのか後ろを見て軽く微笑んでから軽く頭を下げた。と同時に雄治も頭を下げた。

 そして雄治はテレビの方に視線をやり、やがて玄関の近くに置いてあるスタンドに目をやった。そこには新聞がスタンドに洗濯物のように吊るされている。

 雄治はゆっくり立ちスタンドに足を向けた。そして今日の新聞を手に取って、その場で一面だけを読んだ。しかし新聞というものはなんとなく開いてしまうものだ。そして二面、三面と見た。そこには中小企業に多大な影響を及ぼしていたベンチャー企業の倒産の話題が載っていた。しかしその他には相変わらずくだらない内容が書かれていた。
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