この空の下で
 ドアの開く音が聞こえた。深雪が帰ってきたのだ。

 居間が開くと、父さんはイスから立ち、深雪に向かって歩き出した。

「何時だと思ってるんだ…」

 義父さんは表情をこわばらせながら、声を低くして言った。

「…九時半よ。それで?」

 深雪は開き直りながら言った。

「心配したんだぞ。どこで何やってたんだ。こんな大事な時に…」

「関係ないでしょ。私は義父さんの本当の…」

 その時、父さんの平手打ちが鳴った。そして深雪は右頬をおさえた。

「オレが親のいないお前らの気持ちなんて分かるわけがない。だがな、本当の子供を失ったオレ達の気持ちが、お前に分かってたまるか…」

 父さんの手は震えていた。

 そして父さんは何も言わずに居間を出て行った。

 深雪はまだ頬をおさえて、ピクリとも動かなかった。しかし深雪は頭を起こして静かに言った。

「…母さんは…母さんはどこ?」

「…父さんに聞いて」

 俺は深雪がデリケートなのを知っていたので、僕の口からは母さんのことを言えなかった。

 そして深雪は反論をせずに、素直に父さんの後を追って行った。

 それにしても、俺も薄情なやつである。ただ言い方が分からなかっただけなのに、父さんにこんな重役を回すなんて。

 しかし、深雪がいなくなっている間に、母さんがあんなことになるなんて思ってもいなかった。

 俺は一人居間に残されたまま、母さんのことを考えた。そして、涙でいっぱいになった目は、次第に光を吸わなくなった。そして視界がうすれ、ついには目の前が真っ暗になった。
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