この空の下で
 話した時、口の中に血の味と痛みが残っているのに気が付いた。どうやら切れているようだ。そういえばわき腹も痛い。強くこすりつけたようだ。

 私はゆっくりと立ち上がると、私の足はがくがくと震えて、膝からは血がにじみ出ていた。そして頭から、目に血が流れ込んできた。

「そのケガ、本当に大丈夫か。病院に連れて行こうか」

 病院、そうだ、病院だ。

 私は目的を思い出し、自転車を起こすために腰を下ろそうとした。しかし痛くて下ろせない。その時に、顔に出てしまったのが悪かったのか、運転手はさらに顔を曇らした。

「本当に大丈夫か」

「お気遣い…ありがとうございます。できれば、その自転車とってくれませんか」

「…分かった」

 いつの間にか、雨は豪雨に変わっていた。滝のように雲から地へ降り注いでいる。

 私は肩で息をしていた。前髪は垂れ、服は肌に密着し、靴の中には水溜りができていた。

 そして運転手は自転車を起こし、私はそれを受け取った。

「…ありがとうございます。では、これで」

 私は軽く会釈をし、自転車を押し始めた。自転車のチェーンは切れ、スポークは何本か折れていた。もうそんな自転車に、乗ることなどできなかった。一歩一歩進むたびに膝は曲がった。この坂を上れば、病院はすぐそこにある。私は自身を励ましながら歩く。

 私は私の背中を見届ける運転手を想像した。その顔は、不安と腐心でいっぱいだった。


「古葉…芳江さんは…この病院に…入院して…いますか」

「え…ちょっと、大丈夫?すぐに診てもらったほうが…」

「それより…古葉芳江さんは…」

「…分かったわ。それはあとで教えるから、まず手当てをしましょう。それから…」

「早く…古葉芳江さんを…早く」

 受付の看護士は不審そうな目でこちらを見たが、すぐに名簿に目を走らせた。

「古葉さんは…203号室です。あなたは…お子さんですか」

「いえ…いや、そうです」

 私はゆっくりと階段に向かった。足を引きずるその姿は、まさに負傷者であった。膝からこぼれる血は、白い床に点々と跡を残した。
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