この空の下で
 久しぶりだった。母さんがこんな笑顔を私に見せるのは。ここ最近、恐怖と苦しみのどん底にいたような顔をしていた。しかしその理由はすぐに分かった。

 私は母さんとたくさん話がしたくなった。

「母さん、覚えてる、あの赤い巾着」

「赤い巾着…あー、母さんからもらったあのやつ。覚えてるわよ」

「あの時、おばあちゃんも母さんも教えてくれなかったけど、そんなに大切なものなの、あれ」

「うん、そうらしいわ。母さんからは少ししか聞いたことないけど、母さんはずっと大切にしてきてたわ」

「聞かせてよ、その話」

「…うん、いいけど…長いわよ」

「いいよ、寝ないから」

「分かったわ。じゃあ、話すわよ」

「うん」

 母さんは布団を掛けなおした。

「実は、その巾着、母さんのじゃないのよ」

「え、そうなの」

「うん…それで、私のおばあさんになるんだけど、私のおばあさん、第二次戦争に入る前に、ある大学生に恋したの。なんか、映画館へおばあさんのお母さんと一緒に行ったみたいなんだけど、その映画、恐かったみたいで、つい隣の人の手を握っちゃったんだって。それが恋の始まり。それでその人、大学生でおばあさんの一歳年上だったの。それで、二人はすぐに恋に落ちちゃって、すぐに結婚の話まで来たの。しかもおばあさん、妊娠までしたのよ。だけど、第二次世界大戦が始まって間もない頃、その大学生についに赤紙が来たわ。その後はもう大変。家族、親戚、近所が大忙しだった。その中でおばあさんは、徴集の穴を見つけようとしたんだけれど、大学生はその運命を素直に受け入れたの。おばあさんが見つけただけ提案しても、全部断ったの。それで月日は流れ、見送られる日になったわ。プラットホームには煙と共にたくさんの大学生がいて、みんな別れが辛かったみたいだったって。おばあさんも例外じゃないわ。
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