この空の下で
 その後、母さんは診察を繰り返し、体調が良くなったと思われたが、六月下旬、再び体調は悪化した。

 私たちも何度か見舞いへ行ったが、その度に顔色は悪くなっているように見えた。しかし私達は最後まであきらめずに、母さんのお見舞いへ行った。

 そして梅雨が明けたころである。

 私は霊安室で静かに寝ている母さんの姿を見た。唇は青く、しわ一つなかった。ピクリともしない上に、小さな息吹さえも感じられない。目は閉じられていた。母さんの蒼白な頬をなでたとき、私は初めて知った。母さんはすでに死んでいる。つまりもう目を開けない。つまりもう呼吸をしない。つまりもう生きていない。

 母さんは誰にも見守られず、病室で一人ひっそりと死んだのだ。

 私は母さんの頬から手を離すと、要は母さんにすがりついた。そして、母さん、と連呼する。

 そんな要の姿を見ると、母さんの言葉を思い出した。

「要、やめな」

 私は母さんの残した言葉を尊重したかった。そして要の肩に手をかけると、すぐに振りほどいて母さんの体を大きく揺らした。

 その姿は無邪気そのもので、私にはどうすることもできなかった。ただ、その姿を見守ることしかできなかった。

 しかし、母さんの顔は微笑んでいた。要を励ますように。


 葬式の日になった。

 母さんは棺の中で、静かに眠っていることだろう。

 私と要は、斎場の前席でボケーと座っていた。まだ信じられないような感じで、母さんの死を完全に受け止めてはいなかった。

 会場には人が集まり、すぐにでも始まりそうな雰囲気だった。

 その時だった。要は席を立ち上がり、涙を流しながら会場を出て行った。

 私は要のことを呼んだが、要は夢中になって走って行った。この緊張感の中、どうやら強い感情に襲われたようだった。

 私は父さんを探し、そのことを告げて、すぐさま要の後を追っていった。
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