この空の下で
「ウーン、アーッ」

 扉の向こうから女のすさまじいうめき声が、この病棟の廊下を響かせた。それと同時に窓を撃つ雨も強くなってきた。外は大雨で、時々雷が鳴り響く。

 古葉が来た時にはすでに出産が始まっていて、立会いには間に合わなかった。古葉が来る十五分前に始まったと看護士が教えてくれた。

 仕事が終わる直前に病院から携帯電話にかかって、今日出産であることを早急に教えてくれたのだ。出産は結構長引いているようだ。今の古葉には、手を組んで無事生まれるように祈ることしかできなかった。

 チッ、チッと時計の針の音が廊下を響かせた。

 すると時計の音と共に、脳裏に記憶がよみがえった。


「ただいま」

 玄関のドアを開けて、靴を脱いでスリッパに履き替え、狭い廊下を歩く。そして居間に通じるドアを開けた。

「お帰りなさい。あなた、いいニュースがあるんだけど、聞きたい?」

 キッチンから出てきて、妻は甘い声で夫に言った。

「えっ、なんかいいことがあったのか。懸賞が当たったとか」

「違うわよ。なんか、私…妊娠したらしいわ」

「何?」

 夫はすぐに妻のほうを見て、近づいた。

「このお腹の中にいるのか?」

 夫は妻のお腹を見た。そして妻のお腹を円を描くように触った。そして妻は照れるように言った。

「ええ、そうよ」

 妻は照れながらも平常心を保とうとした。

 夫はお腹を見通すように見ると、視線を妻の顔に変えた。

「本当か、やったじゃないか。これで一つの命が生まれるのか…」

「違うわ、二つよ」

「えっ…ということは…」

「双子よ」

 妻は満面の笑みで言った。

「ああ、本当にいい日だ。やったな…あっ、そうだ。名前、何にしよう。どんな名前がいいかな」

 夫はソファーに堂々と座った。しかし妻には、夫が少し涙ぐんでいるのが分かった。

「ふふ、あなたったら」

 妻は微笑んだ。そして妻は夫の隣に座った。

「で、妊娠何ヶ月なんだ?」

「ヒ・ミ・ツ」

「何だそれ」

 二人の笑い声が居間に響いた。
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