この空の下で
 鎌塚は少し考え込んだがすぐに顔を上げた。

「分かりました、お教えしましょう。私も朝に言われたことなので、あまり詳しくはないですが…」

 鎌塚は座り直した。

「実はその子は、今、両親がいません。なぜなら…死んだからです、昨日と今日に。父親は病院に向かう途中にトラックにはねられました。運転手の話によると、豪雨の中、傘を差していたその男性がまったく見えなかったみたいで…相当視界が悪かったみたいで、赤信号にもかかわらず渡っていたそうです。多分、ほぼ目をつむっていた状態だったのでしょう。その上、雨音も凄かったみたいで、トラックが走ってくる音に気付かなかったのでしょう」

 雄治は口を押さえたが、そんな雄治をよそに、鎌塚は話を続ける。

「母親の方は、もともと、ガンを携わっていたので…子供を産んだ五時間後に死んでしまったそうです。いつ死んでもおかしくない状態でしたのに、よく頑張りましたよね」

 雄治の目からは、少しばかり、涙が溢れ出してきた。その場面を頭の中で鮮明に描いてしまったからだ。

「このその二人は一人っ子で、父親母親の親、一人ずつに先立たれ、兄弟もその死んだ方の方が一人いただけで、その人も今は…この世にはいません。その上その人達も年金暮らしなので、これ以上の負担がかけられないので…その上遠い親戚も今どこにいるかは不明で…だからあなたにお願いしたのです…これが私の知っているすべてです」

 鎌塚は一口お茶を飲む。


 しばらく時間が止まっているように、沈黙が漂った。

 雄治の頭に色々な思いが駆け巡った。どんな思いで子供を産んだのか、その子供を引き取って、どのように育てればいいか。それ以前に、本当に自分なんかがその子供を育てていいのか、などなど。

 考え込んでいるうちに、不意に障子が開いた。

「あの、お茶のお替わりはいかがでしょうか」

 それは葵だった。

 それを機に思った鎌塚は立ち上がった。

「では、古葉さん、後ほど連絡致しますので。また、後ほど」

 鎌塚は明るく言った。そして障子を開け、葵の脇を通って、そのまま何も言わずに行ってしまった。
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