この空の下で
 医師はまだ強ばった表情をしている。

「急いで薬を投与しましたからね…これからですよ、来るのは。この子がどこまで頑張れるか…心配です」

 医師はようやく雄治の方を見た。

「古葉さん、この子は一体、どこの子なんですか」

 雄治はポケットから一枚の手紙を取り出し、医師に渡した。

「何ですか、これ」

 手紙を受け取り、読み上げる。

 その手紙にはたったの一文と名前が記されているだけであったが、医師には何か分かっていたようだ。

「松林清治って…」

 医師は立ち上がり、雄治の横を足早に通った。そして医師がいなくなると再び、雄治は部屋に取り残された。しかし今度は一人ではなかった。

 雄治は寝ている乳児を見つめて、疲れが吹っ飛んでいくかのように、心が和まされていた。赤ちゃんは小さな呼吸をしている。雄治は乳児が寝ている寝台の上に手を乗せ、さらにその上に顎を置いた。そして雄治はまぶたが自然に閉じてきているのも気付かずに、別の世界に移っていた。そしてその世界で、幼い頃の自分を見ることになった。


 地震が起こったので夢の世界から脱した。すると医師が背中をゆすっているだけであった。

「起こしてすいません。ちょっと聞きたいことがあるのですが…」

 医師は不安そうに言った。

「何ですか」

 雄治は目をこすりながら眠そうに答えた。そして腕を上げて体中の各部を起こした。

「あのですね、いきなりですけ、この子はどこにいましたか」

 医師は苦々しい顔で聞いた。雄治はその顔に疑問を持ちながら答える。

「えーっと、利根川の…河川敷です」

「そうですか…」

 医師はため息をついた。そして医師は続ける。

「続いてですね、まあ、どうでもいいのですが、松林清治っていう人を知っていますか」

「いいえ」
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