この空の下で
 医師はさらにうつむいた。松林清治は有名人なのだろうか。雄治はそのままその疑問を聞き返す。すると意外な答えが返ってきた。

「今日の新聞の二・三面あたりに書いてあったと思いますが、見ませんでしたか」

 雄治は考え込む。そしてすぐに朝のことを思い出した。

「もしかして、ベンチャーのやつですか」

「そうです」

 医師はやっと微笑んだ。そして医師は続ける。

「その会社の社長が松林清治なのです」

「で、なんの関係が…あっ」

 雄治は気付いた。この乳児の父親がそのベンチャー企業の社長であり、会社が倒産したこと、そしてその夫妻が何らかの理由でこの子を捨てなければならないこと。雄治の頭では、二人が借金取りに追われていた。なぜなら起業の際、莫大なお金を使うために闇金まで手を出したと思ったからだ。そして雄治は言う。

「つまり、この子は…」

「そうなりますね」

 医師は腰をかけた。そして天井を仰ぐと体を脱力させた。雄治はそのだらしない格好を見て、少し困惑した。その無様な格好のまま、医師は言った。

「この子、昨日の夜に産まれたんですって。古葉さんの子供…と同時に産まれたらしいです。同じ時刻に。ちょうど大きな雷が落ちた直後ですね」

「ウソ」

「ウソじゃないです。本当のことですよ」

 雄治はその事実に呆気を取られている。そして医師は大きなため息をつくと、勝手にぼやき始めた。

「で、どうしましょう。このことはまだ、私と古葉さん、それに松林夫妻しか知らないです。多分、松林夫妻は親権を破棄…どころではないと思います。まぁ、あらゆる法律によって裁かれますと思いますが、とりあえず今、この子の親…保護者はいないってことになりますね。普通なら孤児院行きなのですが…」
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