この空の下で
「自分の命を犠牲にしてまでも産んだ子供だぞ。その遺志を受け継いで、オレたちはその子を大切にして、幸せな人生を歩ませなければならないと、オレはこう思う」

「だから私には自信がないんじゃない」

 芳江の顔は必死であった。二人は目が合い、しばらく見つめたままでいた。しかし芳江の目から、ほろりと涙が頬を流れた。その姿を芳江は隠すように雄治から目をそらすと、袖で涙を拭いた。その姿を見た雄治は、その気持ちに共感した。そして雄治は優しく言った。

「明日までゆっくり考えてくれ」

 雄治は泣き続けている芳江を残して、そそくさと部屋を出て行った。

 芳江はまだ泣いているだろうか。とりあえず、そっとしておいた方がいいかな。そう思いながら、雄治は暗闇に包まれた廊下を静かに歩く。風は窓を叩き、窓は激しくゆさぶられる。廊下の奥の方では、火の玉のような赤い明かりがぼんやりと揺れていた。

 この後はどこへ行こうか。それは自分でも分からない。頭の中には他のことですでに埋め尽くされている。雄治は知らずにため息をする。今日一番の深い深いため息だった。

 いつの間にか、雄治は待合室まで来ていた。待合室はすっかり静まり返り、遠くで非常口の明かりがさっきと同じようにぼんやりと浮いていた。そしてゆっくりとした歩調で外へ出て行った。

 外に出ると、風は先程より弱まっており、時々吹く風が、一番体にこたえた。しかし、その中で、風の優しさも感じられた。まるで昔のあの時のように。腕を天に伸ばし、そして空を仰いだ。するとそこには満天の星が、今でも落ちてきそうなほどとても近くに感じられた。子供のように空へと手を伸ばしたが、星まで届くわけがない。しかし頭の中が空に吸い込まれて、今まで感じたことがない気持ちよさが感じられた。大きく息を吸ってみると、胸の中が新鮮な気持ちと一斉に入れ替わった、と同時にお腹が鳴った。そしていつの間にか、一人で笑っていた。よくよく考えてみると、昨夜から何も口にしていない。唯一口にしたのが、今朝の水ぐらいであった。

 雄治は再びゆっくりとした歩調で歩き出す。

 夜の道は、朝とは全く違う姿が雄治の目に映った。しかし雄治の脳裏には、ある人が映し出されていた。
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