この空の下で
 その時、古葉は足が棒になっているのに気付いた。そしてさっきまで座っていた長イスに、どっと沈んだ。意識が朦朧としている。きっと今の古葉では、さっきまで話していた医師の話が分からないだろう。もしかしたら、小学校で習ったことでさえも分からないかもしれない。

 医師はその場でしゃがみ、追い詰められた古葉に励ますように言った。

「残念ですが、あなたの子供は死んだというわけではありません。あなたの子供は確かに生まれたのですが、その小さな体に命が宿らなかっただけなのです。あなたのお子さんはこれから、天国で元気に過ごすと思います。気休めでしかこれぐらいのことを言えないですが、すみません」

 古葉はその時、医師を殴りたいという感情に襲われた。その医師の言葉は、古葉を逆上させたに過ぎなかったからだ。子供を育てている者、育てようとしている者ならば、誰でも想像をするだけで分かる悼みを、こんなにやすやすといってしまう医師に対して、お前に何が分かる、と思ったのだ。

 しかし古葉には仕事の身体的疲労と待ち時間による精神的疲労によって、体が押さえつけられて、殴りかかることも、立つことさえもできなかった。ただ、背もたれに持たれかかりながらボーッと座って、医師の話を聞いていることしかできなかった。

 そして医師が話を続けた。

「ですが、あなたに子供ができる方法が一つだけあります。今、話ができる状態ではないのでやめときますが、明日の午前中に私が203号室に行きますので、その時、お話し致します」

 そう言うと、医師はもとの手術室に戻っていった。そして先程のまぶしい白い光が、古葉の目の前からだんだんと細くなって、ついに消えた。

 廊下じゅうに、時計の音が響いた。窓を叩いていた雨は弱まった。

 古葉はまぶたが、だんだん重くなるのを感じた。そして古葉は時計の音を耳にしながら、深い眠りに落ちた。
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