この空の下で
「なんて名前にしようか」

 芳江はすっかり上機嫌であった。

「もう決めてある。この子の名前は深雪だよ。いい名前だろ」

「いいはいいと思うけど…なんで?」

 芳江は赤ちゃんを見て、結婚式以来の心底から喜んでいる微笑を見せた。子供の力は計り知れない。人々を喜ばせ、未来に秘めたる力を隠し持っている。子供たちはそのことを知らずに成長する。だから子供たちはその時その時を、幸せに暮らしていける。しかし、いつまでもそんな暮らしができるわけがない。それを知ってしまったその時から終わる。雄治は持論に浸りながら、ボーっとしていた。

「ねぇ、聞いてる?」

 芳江は不審そうに尋ねた。

「あ、ああ聞いてるよ。あ、これ見てよ」

 雄治はポケットを探って、しわくちゃに丸められた手紙を取り出した。そしてその手紙のしわを伸ばすように広げ、芳江に渡した。

「何これ」

「それ、その子のそばにあった、その子の親の遺志手紙」

「えっ」

 芳江はすぐに手紙を読み始めた。そしてすぐにぼやくように言った。

「だから…か。この子の両親は私たちと違って大変だね。この人たちと会わせ…あっ」

 芳江は首をひねったり、髪の毛を触ったりと、急に落ち着かない様子になった。

「ねぇ、この子の親とはどうするの。この子の実親とこの子はどうするの」

「あ、そうか」

 雄治は考えた。が、人のことを考えるのが苦手な雄治は、直に面倒くさくなり、適当なことを言った。

「ま、どうにかなるでしょ」

「もう、いつも適当なんだから。こっちはいいかもしれないけど、あっちはすごく心配するかもしれないよ。でも、連絡の手段はないから…どうすればいいんだろう」

「ま、しょうがないじゃない、考えても。考えていないときに思いつくことだってあるじゃん。探しているものが見つからないのと一緒だよ。その時になるまで待とう、な」

「ま、そうだね。いくら考えてもしょうがない、か」

 芳江は落ち着き払ったように言った。

 その時、深雪が目を覚ました。知らない部屋、見たことがない人にびっくりしたのか、突然泣き出した。芳江が深雪をなだめようとしても、泣き止まない。たまらず芳江は言う。

「ねぇ、泣かないで、お願いだから」
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