この空の下で
 僕は腹を押さえながら、腹の痛みと戦っていた。ああ、もしこの痛みが無ければ、と思っても、痛みは消えないのは分かっている。だがその時、遠い昔というほど僕は生きてはいないが、かなり前のことを思い出した。

 それは幼稚園のころに父さんから聞いた、トイレの神様の話であった。

 あの時の僕は神様を信じていたが、今はどうだ。すっかりそのことは忘れ去られている。いつから忘れたのだろうか。全然覚えていない。

 僕は試しに神様に祈ってみた。痛いのを、どうにかしてください、どうにかしてください、と。しかし痛みは腹に残ったままだ。僕は何度も何度も祈り続けた。

 そして七、八回目ぐらいで、僕の祈りが神様に通じたのか、痛みは雪解けのように消えていった。神様が助けてくれた、僕はそう思った。

 その時僕は喜びを感じた。思わず笑みをこぼしてしまったほどだ。

 僕はトイレから出て、鏡を見た。僕の顔は幸せそうだった。誰だってどんな苦しみでも、解放されるとうれしいはずだ。

 僕は胸をなでおろしながら、残った宿題をするために自分の部屋へ向かった。しかし僕は、部屋とトイレの中腹である階段を昇っているときに、あの時と同じことを考えた。神様は本当にあそこにいるのだろうか。

 僕は知らずのうちに階段を降りて、トイレの前まで来ていた。右手が扉に手をかけ、僕は扉を開ける。すると、風が出て行けと言うかのように最後の警告を出した。しかし僕は恐れずに中へと入っていった。そして、家には誰もいないのに、静かにドアを閉め、誰も邪魔が入らないようにした。

 例のふたに近づくにつれて、胸の鼓動はだんだん早まってきた。僕は例のふたに手をかける。しかし、僕は過去に起こった恐怖を恐れた。神様が怒ったことを思い出したのだ。僕は一度それから手を離し、冷静になろうとした。

 その時、もうひとつの恐怖がよみがえった。神様がどこかに行ってしまうことだ。

 それは父さんの声であった。父さんの声が僕の頭の中でこだまする。そして、もし開けようとした時のことを思い出す。
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