この空の下で
 ああ、どうしよう。そんなことを思っても、悔やみに悔やみきれない。あの時、例のふたを開けなければ。僕の目からは涙が溢れ出してきている。

 その時、僕は階段を駆け上がっていた。そのはずみで、階段の上に置いておいた、水が入っている容器をひっくり返してしまった。にごった水は、階段を滴り落ちて、床上に広がっている湖と混ざった。そして赤い炎が水の中で燃える。

 僕は部屋に入り、ベッドに体を投げ出して、枕の中に頭を沈めた。僕の心は後悔とあせりによって包み込まれていた。

 僕のせいで…僕のせいで…この日本は水の下に沈むんだ。この世界は僕のせいで水の下に沈むんだ。

 僕は絶望の底にいる気分であった。さらに一生這い上がることができないような崖が、目の前に聳え立っているようだった。もう一度、父さん、母さん、そして深雪にまた会えるのだろうか。まだ僕には、やりたいことがたくさんある。世界はなくなってしまうのだろうか。

 その時僕は思った。これは夢だ、と。僕は夢から目覚めるために頭をたたいた。しかしすぐにそれは夢ではないことが分かった。

 僕は顔を上げて耳を澄ました。下の階で水が流れている音がする。僕は再び枕に顔を沈めた。もうどうすることもできない。

 その時であった。下の階から玄関のドアが開く音がした。

「ただい…何これ」

 それは母さんであった。びっくりしたのか持っていた荷物を落としたようだ。

「どうしたんだ、それ落とし…何があったんだ、これは」

 父さんがその後を続いて中に入った。

「とにかく、どうしたんだ、これは。誰かいるか、要、いるか」

 僕はその声を聞いて、胸をなでおろす思いだった。

 そして僕はすぐさまに部屋を飛び出し、階段をものすごい速さで駆け下りた。

「父さん、どうしよう。トイレから…トイレから水があふれてきたんだよ」
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