この空の下で
 要の怒声が居間に響く。私はそれに構わずにランドセルを素早く開け、通信簿を抜き出した。そして要からなるべく遠い位置に逃げ、通信簿を見る。しかし皮肉なことに、成績は私よりも明らかに良かった。

「返せよ」

 要は私の背後から腕を伸ばし、通信簿を取り返した。私はすぐに背後にいる要を見た。

「あんた、いいじゃない、成績」

「まあね」

 要は照れそうに頭を掻いた。

「ただいま」

 お母さんが帰ってきた。

「おかえりー」

 私は玄関へ急行した。

「あら、どうしたの深雪、そんなに頑張っちゃって」

「お母さん、私の通信簿、見て。早く」

 私は再び居間に入り、ランドセルから通信簿を取り出した。

「お母さん、見て。今回の成績、良かったんだよ」

「そうなの」

 通信簿は私の手から買い物袋を持っていないお母さんの手へと渡った。お母さんは通信簿を見た。

「あ、本当だ、良いじゃない。どうしちゃったの、深雪」

「へへへ」

 私は今日初めて照れた。しばらくほめられることは無かったので、久振りにほめられるとうれしかった。お母さんは私を引き寄せ、頭をなでた。

「えらいね」

 私は完全に有頂天になっていた。私は何となく要をふと見ると、要はこちらをじーっと見ていた。私はその姿を見て、少し気にかけた。

「お母さん、要の成績もすごいんだよ」

「そうなの、要、見せて」

 要の顔は見えなかったが、背中がうきうきしている。私はお母さんから離れ、ソファーに座った。要は通信簿を持って、お母さんにそれを渡した。

「…え、何これ」

 お母さんはわが目を疑っているようだった。

「すごい…じゃない。どうしたの、要」

 お母さんは私と同じように、要を引き寄せて頭をなでた。要は気持ち良さそうだった。そして猫のように、お母さんに身を寄せた。それを見て、私はいい気分になった。要はこの上なく幸せそうであった。しかし私はその些細な幸せを壊すのであった。
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