この空の下で
 ついにアサガオの宿題も終え、夏休みの宿題は無くなった。いよいよ前から予定していた旅行の日の前日になった。家中は大騒ぎになっている。お父さんとお母さんは、あっちへこっちへとあわただしく動いている。私と要はというと、海へ行くので、スコップにバケツを玄関の脇にそろえた。バッグには財布、本などを詰め込んだ。私は初めての旅行に胸を躍らせている。おばあちゃんの家ではなくて、ホテルに泊まるのは初めてであった。明日が待ち遠しい。私はバッグに次々と自分の荷物を詰め込んだ時、隣の部屋から声が聞こえた。

「深雪、僕のあれ知らない?」

「あれって何よ」

「あれって、あれだよ…ん、何だっけ」

 要は黙った。私は再度荷物をバッグに詰め込み始めた。きれいに入れようとしても、なかなかできない。そしてすべての荷物がバッグに納まると、下の階からお母さんの声が聞こえた。

「深雪、要、用意し終わった?」

「うん、用意したよ」

「まだ…何だっけな」

 要はあれが何かを思い出そうとしているようだ。私はすることがなくなったので、とりあえず下に降りて、居間に入った。

「ねぇ、お母さん。明日は何時に出るの?」

 お母さんとお父さんは一段落ついたのか、いすに座ってお茶を飲んでいた。

「明日か…あなた、明日は何時にする?」

 お父さんはお茶をすするのをやめた。

「明日か。そうだなぁ…早いほうがいいか?」

「うん」

「そうか」

 お父さんはお茶の入ったカップを口に近づけた。しかしすぐにお茶をテーブルの上に戻した。

「じゃ、五時半はどうだ。行きは寄りたいところもあるし、芳江、それでいいか?」

「五時半か、早いな…ま、いいか」

「よーし、決まりだな。明日は五時起きだ。深雪、早く寝ろよ」

 私は本当に早いな、と思ったが、自分で早いほうがいいと言ってしまった限り、その予定に反対できなかった。

「うん、分かった。で、要にも言っとく?」

「ああ、歯磨きをちゃんとしてから寝るんだよ」

 お父さんはまたお茶の入ったカップを口の近くまで持ってきた。しかし、私はその次の動作を封じた。

「おやすみ」
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