この空の下で
 なんて、なんてオレは馬鹿なんだ。オレは、おれは…オレはこんな大事な時に、何をやっているんだ。大事な人のそばにさえいることができないなんて。

 本当は自分の声で叫びたいのだが、それが言えない。涙を拭きとって、残り三段の階段を、ゆっくりと降りた。

 そして廊下を歩いて、一分足らずで自販機に着いた。

 古葉は自販機に着くなり、深いため息をついた。そして持っていたカバンを開け、財布を取り出した。

「えーっと、どれがいいかな…」

 そんなことを言って、自販機をボーッと眺めた。この自販機の飲み物の種類は少なかったが、あまりマイナーな種類の飲み物がなかった。

 そして適当に目に付く飲み物のボタンを押した。


 今度は中庭に立っている木を見つめて、深く深呼吸をした。その木には青々しい葉が数枚しかなく、枯葉が枝から風に揺られて舞い散ったが、なかなか枝から離れないものまであった。その葉を見て古葉は、もう秋か、早いものだな、とほんわかな気持ちでいた。さっきまで泣いていたのが嘘のように、優しく澄んだ気持ちであった。そして古葉は、迷わずに203号室へ向かった。

 部屋の前に着くと、ドアの前で止まった。部屋に入って妻にかける言葉を考えているのだ。しかし古葉は特に思いつく言葉が見つからなかったので、出会い頭に任せた。

 部屋に入ると、六つのベッドのうち、カーテンが二枚閉まっていた。その中のうちで奥にある、窓側で左側のベッドが、妻のベッドである。

 古葉はゆっくりとベッド間を歩き、奥のベッドの前まで歩いた。そして古葉は一呼吸もせずに、カーテンを開けて入った。

 そこには妻の芳江が水色の服を装い、布団をかけて、枕を背に窓の向こうの空を眺めて座っていたが、カーテンの音で古葉に気付いた。

「あら、雄治、起きたのね。風邪を引かないかなーって、心配だったのよ」

 雄治はいつも座っている椅子に座って会話を続けた。

「芳江こそ大丈夫なのか」
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