この空の下で
「…雪、深雪、朝だよ、起きろ」

 お父さんの声が聞こえた。私は一瞬にして別世界からこの世界に戻ってきたらしい。

「深雪、早く起きなさい」

 お父さんは隣の部屋へ行ってしまった。

「要、要、朝だよ」

 私は朝に弱い。だから今はどんなところに行くよりも、この布団の中にもぐっていたいというのが本心である。しかし私は人の迷惑にかかることは好きでなかった。私は布団から出て、昨日のうちに用意しておいた水着に着替え、その上に服を着た。

「あら、もう起きたのか。えらいな」

 お父さんはそう言うと下に降りていった。私は荷物を持ち、お父さんに次いで下に降りた。

「おはよー」

「おはよ」

 居間に入ると、お母さんはすでに準備が終わっていた。

「お母さん、張り切っているね」

「そんなことないわよ。でも、旅行なんて新婚旅行以来だからなぁ」

 お母さんは新婚旅行のことを思い出しているのか、手の上にあごを置きながら、頭の中が飽和状態のようだ。私がいくら新婚旅行のことを聞いても、まったく聞いていないようだった。

 しばらく時計の音を聞いて暇をつぶしていた。そして三分ぐらい立つと、要が上の階から降りてきた。

「おはよー。あれ、父さんはどこ?」

 そういえばさっきからお父さんの姿が見えなかった。普通なら探しているものはすぐに見つからないのだが、探している人は見つかるようだ。お父さんは要に続いて居間に入ってきたのだ。

「もうそろそろ行くから、早くトイレを済ませてこいよ」


 私たちは車に荷物を積み込み、いつもの席に座った。車は私が幼稚園にいた時に買った新車で、たいして使ってないので、まだピカピカであった。

「忘れ物、ない?」

 お母さんは車に乗り、シートベルトをしながら言った。

「ないよ」

「ない」

 私と要が声をそろえて言った。

 お父さんも乗り込み、エンジンをかけた。

「じゃ、行くぞ」

 車はゆっくりと動き出した。予定より早く出ることができた。さあ、いよいよ初旅行だ。たくさん楽しむぞ。私はひとり意気込みを入れた。
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