この空の下で
「はい、長岡製作所ですが、どなたですか」

 こんな聞き返し方をするのは同期の加藤しかいない。いまだに電話の対応の仕方が分かっていないようだ。もしこの電話の相手が長さんだったら、すぐにでも斬られるかもしれない。

「あっ、俺だ、古葉なんだけど、今日、休ませてもらうって、長さんに言っておいてもらいたいんだけど、頼める?」

「あ、古葉か、うん、分かった、伝えるよ。で、どうだっ…」

 雄治はすぐに受話器を置いた。その後、テレフォンカードをすばやく引き抜いて、名刺とカードを財布にしまい、カバンの中に突っ込んだ。そして雄治は足早に立ち去ろうとしたが、苦戦しているおじいさんに引き止められた。

「ちょっと待ってくれないかのう。この缶ジュースの…フタが開かないのじゃ。開けて欲しいのじゃが、お願いできるかのう」

 おじいさんは優しく、明るい声で古葉に言った。

「あ、はい、いいですよ」

 雄治は快く引き受けた。そのおかげなのか、おじいさんはやさしく微笑んだ。そしておじいさんの手から雄治へお茶が渡された。

 開栓の音を出して、缶は気持ちよく開いた。今度は雄治からおじいさんの手へお茶は渡された。

「ありがとう」

 おじいさんはまた微笑みながら、心の奥底からそう言った。

「いいえ、困っている時はお互い様です」

 雄治も笑顔を返しながら言った。その後、雄治はその場を足早に立ち去った。
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