この空の下で
 僕はその怒りの矛先がこちらにいつ来るか心配だったので、ひとまず二階の自室に避難することにした。

 二階に上がると、ふと深雪のことを思い出した。多分、寝ているのであろう。

 僕も自分の部屋に入り、ベッドに横たわった。そして、まだ眠くもないのに目を閉じた。


「ただいま」

 父さんの少しおびえた声とともに、勢いよく居間の扉が開く音が聞こえた。僕はその音を聞いて、目を大きく開いた。

「何やってたのよ。今日が何の日だか知ってる?もう、やんなっちゃう。ホント、昔からあなたって無神経。馬鹿…もういいや。私、もう寝る」

 母さんは怒声と父さんを玄関に残して、二階に上がってきた。そして主寝室のドアを開け、家に大きな雷をひとつ落とした。その音に、僕の心臓が震えた。

 今まで、どんな些細なことでも喧嘩をしてきた二人だが、それは喧嘩するほど仲がいいというもので、二人の喧嘩を平和に眺めることができた。しかし、今日のは違う。ここまで大規模な喧嘩をしたのは初めてだったのだ。

 僕はしばらくベッドに横たわったままでいながら、真っ白な天井をただ呆然と見つめていた。白い光に照らされ、宙を舞うほこりが鳥の羽のように舞い上がる。そのほこりは僕の上を旋回し、蝶のように僕の鼻の上に着地した。僕はすぐに指で払い、ベッドから体を起こした。僕は机の上の時計の時間を確かめ、すぐに部屋を出た。

 廊下を通る時、主寝室に通じる廊下が、なんだか熊の住処のように見えた。そして階段を下り、黄色い光が玄関まで染み込む、リビングに入った。

 リビングに入ると、父さんはイスにえらそうに腰をかけていた。そして深いため息を一つ。自分をいっそうに黒くした。

「父さん、大丈夫?」

 僕は小さな声で、いかにも恐縮そうな表情で言った。

「ああ、要か…ごめんな、こんなことになっちゃって。自分が、腑がないから…」

 父さんは頭をかきむしり、今度は重いため息をついた。

 テーブルの上には、すっかり冷え切っている夕飯。僕はそれをじーっと眺めていた。そして唐突に一つの言葉が出てきた。

「で、父さん、どうしたの」
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