この空の下で
 雄治が避けると、彼女はまずい顔を作ったような顔で、雄治の前を足早に通った。その時もまた、変わらないトレードマークを落としていった。


 せっかく彼女と同じクラスになったのに、まだ一度も話をしていない。しかしそのまま、今年の初めの行事、文化祭が近づいてきた。

 その準備で、オレは看板を作ることになった。そしてそのことをきっかけに、オレの人生は大きく左右されることに、その時はまだ知る由もなかった。

 文化祭が始まる二日前になり、放課後は皆があわただしくあっちへこっちへと移動する。それなのにオレは友人と二人で、廊下に座りこんで看板を作っていた。作業は簡単なもので、四角く切ったダンボールに、文字を書いたわら半紙を貼るだけのことであった。

 しかし、この簡単と思われる作業が、友人にはできなかった。まず、文字は上手く書けない。ここが詰まると、後が続かない。次に、ダンボールを正方形に切れない。完全なる完璧さを彼に求めてはいないが、これはあんまりにもひどすぎた。最後に、のり付けができない。量が多すぎて、紙がしわくちゃになってしまうのだ。

 そんなことがあって、早く部活に行きたいのに、オレは長い間、廊下にいることになった。しかも友人は、バイトがあるとか言って、早く帰ってしまった。

 廊下に一人にされたオレは、黙々と作業を進めた。

 そしてオレは作業に熱中しすぎて、時間など当に忘れていた。それと同時に周囲の音や声も、まったく耳障りだと感じなくなった。それもそのはず、ほとんどの人が自分の分担のことを終えて、帰ってしまったのだ。残ったのはオレを含め、ほんの二、三人程度であった。

 夕陽が窓からぼんやりと差し込み、廊下の隅々を照らした。その中で、オレの前に一つの影がその光を閉ざした。

「ねぇ、なんか手伝うことってある?」

 あの柔らかい声、あの赤く燃えるショートヘア、そしてあの香り。オレは目の前を見上げた。予想通り、前に立っている、オレに話をかけたのは、彼女、法月芳江であった。

 オレの頭は台風が通り過ぎたかのように、まっさらになっていた。そして頭に血が上り、頬と耳が紅潮する。
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