ロスト・クロニクル~後編~
「恥ずかしかった」
「主役だったのだろう?」
「無理矢理、決められた」
「それだけ、信頼されている」
「そうとは、思えないような。主役は台詞が長いから、記憶力がいい人物がいいって言っていた」
「そんなに長かったのか?」
「長かった。覚えるのに、結構時間が掛かったし……恋愛の話だったから、台詞がこそばゆく……」
相当恥ずかしい台詞が多かったのだろう、思い出したエイルの顔が微かに紅潮する。弟がこれほどの反応をする演劇は、どのようなものなのか――興味が湧くが、といって弟の心情を考えると詳しく聞き出すわけにはいかない。しかし話題として、これ以上のモノはない。
「それを書いて欲しい」
「兄さんが、頼まれたんじゃ……」
「エイルの方が、メルダースに詳しい」
「そうだけど……」
「シードに話しておく」
「それなら……」
自分がしたためた手紙によって、シェラの心が癒されるというのなら、やらないわけにもいかない。「枚数は?」と尋ねると、イルーズは「何枚でもいい」と、返してくる。寧ろ多ければ多いほどシェラは喜ぶだろうとイルーズは言い、エイルの執筆力に期待しているという。
「プレッシャーが」
「かけてはいない」
「いえ、言葉が……」
「そうか?」
「……かなり」
緊張しているのだろう、声音が震えている。弟の反応にイルーズは「ちょっと苛めすぎた」と反省すると、エイルの背中を軽く叩く。言葉で示した通り兄からのプレッシャーは相当のものだが、エイルは自分自身に気合を入れると自室へ向かおうとしたが、途中で脚が止まる。
メルダース時代手紙を何度もしたためていたが、今専用の紙と封筒を持ち合わせていない。どうすればいいのか兄に尋ねると、イルーズは後で持って行くので部屋で待っていてほしいという。兄からの言葉にエイルは頷くと、手紙の内容を考えつつ自室へ向かうのだった。