ロスト・クロニクル~後編~
何をしていたの?
いつも、お兄ちゃんは行っちゃう。
陰で、噂話をしている。
と、シェラは痛い部分を突いてくる。
シェラの質問に、エイルはあたふたしてしまう。勿論陰でシェラの悪口を言っているわけではないが、あのように二人っきりで話していることが気になって仕方がないのだろう、シェラは上目遣いで眺めてくる。
「人形のように可愛らしい」という形容詞が似合うシェラの不意の上目遣いに、エイルは参ってしまう。エイルには妹はいないが、身内に幼い妹がいたらこんな気持ちになってしまうのだろうと悩む。可愛らしい妹にせがまれたら、流石に「嫌だ」とは、言うに言えない。
「仕事だ」
「仕事?」
「シードに、言われ……」
「そうか! お兄ちゃんは、未来の王様だものね。いっぱいいっぱい仕事があって、頑張ってね」
「ああ、頑張るよ」
咄嗟についた嘘であったが、シェラは信じる。
シェラの兄を演じるようになってから、嘘を付くのが上手くなってきたと実感する。メルダース時代のラルフに近付いてきているのではないかと苦悶するが、状況が状況と――自分自身に言い聞かせる。
その時、女官長のアリアがやって来る。どうやら紅茶と菓子の用意が整ったらしく、アリアは二人に対し優雅に頭を垂れると、テーブルの上にティータイムに必要な物を並べていく。アリアの姿にエイルは口を開こうとするが、それを遮るかのようにアリアは頭を振る。
「今は、そのままで」と言いたいのだろう、用意を済ませると再度頭を垂れ後方で待機する。
いつもなら数人の侍女を従えてやって来るが、侍女の中には「話好き」「噂好き」が多いので、この場に連れて来るのは適切ではないとアリアは判断したのだろう、全ての仕事を一人で行う。
エイルはアリアの気遣いを心の中で感謝しつつ、シェラのティーカップに紅茶を注ぎ入れる。
次の瞬間、鼻腔を擽るいい香りが広がる。その香りにシェラはうっとりしながらティーカップを手に取ると、一口含む。味も彼女好みだったのだろう、頬が緩んでいく。美味しい紅茶にシェラは「早く飲んでみて」とエイルに勧めながら、素朴な焼き菓子を頬張りだす。